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あの日から8年目・・・娘たちに伝えたいこと

こんにちは、細谷奈弓です。

週末、娘たちに見せたかった場所に行きました。

7年前の3月11日、娘2人と私は夫の実家がある仙台で被災しました。

当時の自宅からそれほど遠くない荒浜地区は甚大な津波の被害を受け、奇跡的に残った荒浜小学校は震災遺構として残されています。

被災当時1歳・0歳だった2人の娘も小学生。もうすぐ日本を離れることもあり、帰省を兼ねたタイミングで行くことを決めました。

津波到達の高さを実際に示した看板もありました。

こちらは1階の教室。

津波は校舎2階まで来たそうです。上の画像奥の棚には当時の到達を示す跡が今でも残っていました。

震災ビデオを食い入るように見ていた娘たち。

屋上から見た荒浜地区。校舎以外全ての建物が津波で流され、周囲は未だに更地でした。

荒浜地区の海岸線はかつては仙台唯一の海水浴場で、夫も幼少の頃よく泳ぎに行ったそう。また海水浴入口付近には松林が茂っていましたが、今はそれもほとんど残っておらず寂しい風景となっていました。

その光景をずっと黙って見ていた娘たち。何を思っていたのかな。。。

荒浜のお隣、名取市閖上(ゆりあげ)にも行きました。こちらは日和山(ひよりやま)。津波は、この山の頂上を超えて、木の上にまで達したそうです。

そのすぐ横には慰霊碑があります。「芽生えの塔」と呼ばれる塔と同じ高さ(8.4m)の津波が押し寄せたそうです。

実は長女、震災当時1歳でありながらその時のこと鮮明に覚えていました。その記憶がありながら今回見た被災地の姿を彼女はどう受け止めているのか、そこは敢えて聞きませんでしたが、少しでもこの事実を忘れずに今こうして幸せでいられるのは周囲のおかげであってその感謝をいつまでも忘れないでいてほしいです。

記憶のない次女には自分の近くでこんな惨状があったという事実を知ってほしい、そして自分の目で見たことを後々しっかりと伝えていけるようになってほしいと思っています。

私にとっては仙台を離れてからどうしても行きたかった被災地。震災後初めて訪れましたが、想像以上に被害が及んでいたという事実、そして復興というにはまだほど遠い状況であることを自分の目で確かめることができたことを踏まえて改めて思ったこと・・・

震災の記憶を風化させてはいけない。

娘たちと共にずっと伝えていきたいと思います。

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細谷奈弓
FROM細谷奈弓 イタリア・フランスをはじめ世界5カ国に在住経験あり。帰国後はテーブルコーディネートの勉強に勤しみインストラクター資格を取得、テーブルライフプランナーとして活動しつつ、食器関連の会社に勤務。これまでの海外経験を元に自分に似合うシンプル&シックなファッションスタイル、豊かなライフスタイルを日々追求中。9歳・7歳(11月で8歳)年子姉妹の母。2018年3月より6か国目となるメキシコ在住。
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