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Lifestyleママとパパに贈る「ジェンダーレス学」

【上野千鶴子のジェンダーレス連載vol.5】「人類にとって、いちばん欠かすことのできない力仕事は何だと思う?」

「職業と男女」について②

Q.〈航空機では女性CAのほうが安心する〉というような刷り込まれたイメージは、私の中でもなかなか消えません。やっぱり急には変えられないような……。

そんなイメージは、この数十年であっという間にできただけです。
前回も言ったとおり、CAはサービス業ではなくて保安要員ですよ。緊急時に保安要員として動かなきゃいけない時に、ヒールの靴なんて履いていられないでしょう。
もちろん、あの人たちは保安要員としての訓練をちゃんと受けてるけど、緊急事態はめったに起きないので、普段はサービス業者。
平時には、女が相手のほうが物を頼みやすい、男には頼みにくい、という顧客側のジェンダー観があるんでしょう。
CAが女だと安心って言うけど、じゃあパイロットは女だと安心?

Qなんか怖いかも。

それも偏見ですね。宇宙飛行士に女性がなる時代だというのに。

Q.……。やっぱり自分の中で偏見がずっと残ってるんですかね。

初期の航空機の旅客はエリート層の男性。その人たちに奉仕するサービス業というイメージが定着して、女性職になったのでしょう。一時期はエアホステスとも呼ばれていたし、「容姿端麗」なんて今では通用しない差別的な募集条件もあったりしました。給料も高かったし、エリート男性と接する機会も多かったからCAは憧れの職業でした。
CAは、若くてキレイで、結婚したら退職。結婚しないで30歳を過ぎたらグラウンド要員に配属転向。そういった年齢差別も堂々とやっていました。
海外のエアラインに乗ったことがある方はわかると思いますが、ガタイの大きいおばちゃんや、ガッチリしたおじさんがCAに出てきますよね。そういう人たちを見慣れてしまえば、なんてことはない。むしろ、パンプスを履いた綺麗なオネエさんたちより、安心感があります。ベテランな感じがするし。

Q確かにどっしりした人のほうが見た目的にも安心感があります。

航空機がまだアッパークラスの乗り物だった時代に、CAは女性向けの特権的な職業として作られたのでしょう。観光バスが登場した時には、バスガイドさんが同じように女性の憧れの職業だったことがあります。ある一時期の人々にそのイメージが刷り込まれたわけです。
50代、60代のおばさんたちは、その時代に憧れを持っていたりする。でも今はもうそんな時代じゃないですよね。でもその後、航空業界の価格破壊が進んで、今では飛行機は完全に大衆のものになりました。

Q.確かにそうですね。歴史が変われば、そのイメージも変化していくものですよね。

CAが若くてキレイだというイメージの時代には、CAたちもつごうよく寿退社していってくれたけれど、今は女性の勤続年数が延びて簡単に退職してくれなくなりましたからね(笑)。それにアルバイトCAも増えて、有利な職業とも言えなくなりましたし。

Q.TVドラマの影響みたいなのもありますかね?

だとしたら、そのドラマは古すぎる。ほんの一時期のイメージのままフリーズドライしてるんですね。

Q古すぎますか(汗)。綺麗な女優さんがCA役でドラマに出てるイメージなのですが。

女優さんは汚れ役を演じてもキレイです(笑)。そういう女性を選んでいるからです。

Q.先生は職業に男女の区別は必要だと思いますか? 男性に向く仕事、女性に向く仕事はあると思いますか?

具体的にあげてみて下さい。どんな仕事を想定してる?

Qやっぱり建築現場で作業する人は、体力があって、がっしりした男の人がいいのかなと、私は思うんですけど。

それも歴史を振り返ってみましょう。
あなたは日本の高度成長期にあった「ニコヨン」って、知ってる?

Q初めて聞きました。何ですか?

地方から出稼ぎにきた土木作業の日雇い労働者を呼んだ言葉です。
東北をはじめ、出稼ぎにやって来た人たちは男性だけじゃなかった。美輪明宏が、『ヨイトマケの唄』を歌ってるでしょ。あの歌に出てくるのは、おかあちゃんですよね。

*注 「ニコヨン」=日雇い労働者のことを指す俗語。1949年6月、東京都は日雇い労働者への定額日給を240円と定めた。百円玉2枚と十円玉4枚という日当からこの言葉に。

Q.確かにそうですね。

おかあちゃんが力仕事をしてるんです。
私の小さい頃にも、そういう女性たちがもっこを担いだりして、土木現場の仕事をやっていました。

Qそうなんですか。知らなかったです。

はい。皮肉なことに、土木作業の現場では、重機の運転は特殊免許を持たないとできません。でも、そういった技能性の高い労働は、男が独占していました。相対的に賃金の高い技能職は男のもの。一方で、女の人たちはもっと重い単純労働をやっていました。肉体的には軽作業のほうを男がやっていました。
それに力仕事と言うけれど、今の建築現場ではどれぐらいの力が必要?
だって、クレーンやパワーシャベルを使えばいいんだから、特殊免許を取得して技能を身につければ男でも女でもできますよ。

Qなるほど、そうですね。

私はいつも「力仕事は男のもの」と聞くたびに言うことがあるのですが、人類が生まれてこのかた、欠かすことのできなかった、ただの一日も休むことができない力仕事って、何だと思う?

Qえ~っ、何ですかね?  私は子育ても力仕事だと思ってるんですけど。

たしかに。でも子育ては一過性のものですね。一日たりとも休めないのは、「水汲み労働」です。

Q水汲み労働……確かにしんどいですね。

古代人はどこに住んでいたかというと、だいたい水場の近く、その水のある場所より高い位置に住みます。
水汲み労働はどんな場合でも、空になった桶を担いで下に降りて、水を満たして上に持っていく、つまり行きより帰りのほうが苛酷な重労働です。
人類社会のいろんな事例を見てみると、全世界を見渡してみても、水汲み労働が男の仕事だという社会がないんです。「力仕事は男のもの」なのだとしたら、「ボクが代わろうか」と言う男がいてもいいのに。つまり、男は女につけこんできたんです。
人類学には面白い研究成果があって、そのひとつがニュートリション・アンソロポロジーこと栄養人類学。

Q栄養人類学?

栄養人類学とは、原始人の遺跡を見て、〈何を食べて生きてたか〉を研究する学問。
採集狩猟民の社会では“男が狩りに行って、動物性タンパクを獲ってきて、女はそれを家で待ってた”と思うでしょう? でも、そんなのありえない。
男は狩猟に行くけれど、大型動物の狩猟は難しいから毎回必ず獲物を持って帰るとは限らない。手ぶらで戻ってくることだってある。重労働だと思うかもしれないけど、半分趣味であり、バクチのようなもの。
一方、その間、女と子どもはお腹を空かせて待ってるだけでしょうか? そんなバカな女はいません。
女性は、居住地の近くで小動物の狩りと植物性の資源の採集に励んでいました。その結果、生存に必要な栄養のほぼ6割は、実は女が集めた食糧に依存していたということが分かっています。
「大昔から男が狩猟から帰るのを、女は子どもを抱いて洞窟で待っていた」と思いこんでいる人たちがいますが、間違いです。自分の知っている近代社会の性別役割分担を原始時代に投影してるだけですね。

Qなるほど。古代に対するイメージにも、ものすごい思い込みがあるんですね。

例えば農家で、赤ちゃんを抱いたママが夫にお弁当を持たせて、
「お父ちゃん、畑に行ってらっしゃい。頑張ってきてね」っていうのは、ありえません。
農業では男も女も一緒に畑に行きます。子どもがいれば子どもを腰に結わえ付けてでも一緒に行きます。家に年寄りがいれば、子どもの面倒をみるのは年寄りの役目です。
子どもを見てくれるおじいちゃんやおばあちゃんが家にいない場合は、どうしたと思います? 東北に「居詰め子(いづめこ)」という風習があるんです。
どこかで見たことあるかもしれないけど、籠に子どもを座らせて、周りをボロ布で埋め、子どもを動けないようにして置いておく育児習俗です。その間、子どもは垂れ流しです。

「居詰め子」をモチーフにし人形

Qじゃあ、びちょびちょですか?

そうです。畑仕事をしている間、ほうっとく。うろうろ、ハイハイなんかされたら、危ないから動けないようにします。誰も見てくれる人がいないのだから仕方がない。
その「居詰め子」で面白い研究があります。
かつて精神分析学者のフロイトが「3歳までに、おしっこやうんちをどうやって訓練するかで、その子の人格が決まる」という説を出しました。そこで、日本人文化人類学者が、「居詰め子」で育った子どもと、そうでない子どものその後を追跡調査しました。地主の子どもは乳母がついたりして、ぐるぐる巻きにして拘束されずにすみますから。
さて、人格形成にどういう影響が出たか……。
結局、何の影響もなかった。あったりまえです(笑)。

Q.子どもは、ほうっておいても大丈夫ってことですか?

子どもがオトナになるまでのあいだにはあまりに多くの要因が影響するので、あかんぼのときの育児法の違いが決定要因になどならない、というあたりまえの研究結果が出たのです。
日本の子育て習俗には他にもユニークなものがあります。
乳児はほうっておくと、ネズミが来るんですよ。

Q.えっ、ネズミ?

そうです。ネズミが来て乳児を噛むんです。危ないからどうするかというと、お蚕さんみたいにぐるぐる巻きにして、木の梁にぶらさげておきます。
それぐらい、子どもに手をかけられなかったということです。

Qそれぐらい女の人も働いてたってことですよね。

当たり前です。農家で〈この女を嫁にとるかどうか〉の基準は、〈この女は働き者かどうか〉でした。嫁は貴重な労働力でしたから。
高度成長期直前の1950年代まで、日本では産業別人口構成のうちの第1次農業人口が3割を占める農業社会でした。それが高度成長期の10年間に1割台に激減しました。農家世帯率は5割を越えていました。ですから、わたしの世代には、「お米は田舎から送ってきてくれるもの、お金を出して買うもんじゃない」と思ってる人たちがいっぱいいました。
農家には専業主婦なんていません。夫が給料取りになってはじめて専業主婦が誕生します。とはいえ、農家の女性は苛酷な労働を強いられましたから、母は娘を農家に嫁がせたくないと思い、娘の方でも、都会のサラリーマンの妻に憧れたのは事実です。
常識だと思っていることって、わりあい近過去に過ぎないことが多いですね。
じいさんやばあさんの代、あるいはさらにもう一つ前の世代まで遡ってみたらどう? って思います。

Q私たちは、近過去で物事を考えていたんですね。

はい。近過去だけでなく、自分の半径3メートルの範囲の現実をすべてだと考えないことですね。
歴史を知ることが大事です。そうしたら常識がどんどん覆ります。私がいつも言うのは、「昔からそうだ」って言われたら、「昔っていつ? 誰が始めたの?」と考えること。
歴史のどこかの時点で始まったものは、歴史のどこかの時点で必ず終わる。
始まりのあるものには終わりがあります。

Q深い! 確かにそうです。やっぱり私たちSTORY世代は、考えが甘いと思いました。もっと深く、奥のことを見なきゃダメですね……。

じいさん、ばあさんの話を聞くだけでも勉強になるのよ。
歴史を勉強してください。

 

取材/東 理恵

上野千鶴子 1948年富山県生まれ。社会学者。京都大学大学院修了、東京大学名誉教授。東大退職後、現在、認定NPOウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長として活動中。2019年東大入学式での祝辞が大きな話題に。『おひとりさまの老後』や『在宅ひとり死のススメ』など著書多数。

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