人と自分を比較したり、人と違うことを悩んだり、承認欲求を満たしたり……。SNSが発達している今、子どもたちは自分の存在価値を見いだしづらくなっています。自分がかけがえのない存在だと認め、失敗を恐れず前向きに進む子どもを育てるには? ”自分らしさ”を存分に生かし活躍するMattさんと母・桑田真紀さんにお話をお聞きしました。
あなたはあなた、私は私。 同じ人間ではないものね
── 「野球ファースト」の家庭の中で、野球をやらない! の決断は大変では?
真紀さん 2歳差の長男とともに、野球選手・桑田真澄の息子という周囲の期待は大きく、夫も口にこそ出しませんでしたが、それを望んでいることは私にもわかっていました。ただ早い時期からMattには向いていないかもしれないと感じていました。
Mattさん そう、投げるのも打つのも得意だったけど、僕は泥んこになってボールを追いかけるのが苦手で、坊主というのも嫌で。小さい時から女の子の友達の方が多かったし、綺麗なもの、可愛いものが好き!
真紀さん 足も速くて運動向きだったのですけれどね。半ば当然のように、小1から少年野球を始めましたが、野球にのめり込んでいる長男と一緒のチームだと比較され、お互いに良くないかもしれないと思い、Mattは別のチームに。家族といえども別の人間、彼には彼のやりたいことをしてほしいし、自分で選んでほしいと思っていました。野球をやってほしいという夫と、野球はやりたくないというMattの間に挟まれましたが、小学校の6年間は焦って私が何かを決断するのではなく、あえて曖昧にしていましたね(笑)。そうすることで様子を見ていたのかもしれません。
Mattさん 「野球はやらない」。小6の時父にそう伝えるのは不安で。家を出なきゃいけないのかも? と怖かったです。
真紀さん 自分たちが思っている以上に子どもは親を意識しているんですね。Mattのその姿を見て夫も私も心が痛みましたし、野球をやらなくても家族なんだから、と時間をかけて言葉をかけ、理解し合いました。
「Mattはどうしたい?」 常に本人の意思を尊重しました
── その後は音楽の道に?
Mattさん 野球と同時並行で小学校から始めたピアノやバイオリンで音楽に目覚め、地元中学では吹奏楽部に入りました。中3から始めたサックスの演奏を認めてもらい高校も大学も音楽の道に進みました。
真紀さん 夫を見ていてもそう思いますが好きなものへの熱量は計り知れないもの。高校も大学も自力で進路を決めてきたのには驚きました。あの時、無理やり野球をさせないでよかったと思いましたね。私自身もそう育てられたということもありますが、両親から「こうしなさい」と押し付けられたことがなく、夫とも〈口を出さずに見守ること〉〈何事も強制しないこと〉という子育ての方針は言わずとも一致していました。
Mattさん 自分で選んだ学校だったけれど、入ってすぐ高校1年生の時に本気で辞めたいと思う出来事があったんですよ。
真紀さん 吹奏楽の顧問の先生に誤解されてトラブルになった時ね? 学校も辞める! と頑なでしたが、根気強く話し合って、渋々ながらも学校に復帰。自分の悩みをうまく伝えられないから壁ができてしまうんですよね。心の扉が閉じてしまわないように力づくで話しました。それが叶ったのも子どもたちが小さい頃から意識していたことがあったから。ながら聞きせず、全力で話を聴くことと、上から目線にならず同じ目線で話をすること。そのためにも夕食時やお風呂の後など子どもが落ち着いている時間に「今日どうだった?」と習慣的にじっくり話を聴くようにしていました。
Mattさん うん、兄さんの反抗期の時にもよく話をしていたよね! ちなみに僕は隣の部屋でじーっとしてた。「たまごっち」にハマってて、この子も反抗期! って(笑)。高校の校則も部活も厳しかったけれど、そのお陰で強くなれたとも思います。
「あなたはあなたのままでいい」 子どものことは全肯定です!
── 現在の活動につながったのは?
真紀さん 転機が訪れたのは、大学時アメリカ留学中のハロウィン仮装写真のSNS投稿でした。すごいクオリティで。
Mattさん ジョーカーメークが話題になってTV出演オファーが来たんだよね。メーク自体は大学1年、ブライダルモデルを始めた時から興味を持ちました。昔からキラキラしたものが好きでしたが、非日常感や夢の世界を自分自身で表現することは人に感動を与えられると。
真紀さん でもTV出演後のバッシングは凄まじいものでした。父親の顔に泥を塗ったなどと言われ、精神的に私が滅入り、Matt本人に胸の内を伝えました。
Mattさんん TVに出るって決めた時からある程度批判されることは覚悟してたんです。ジェンダー差別も嫌だったし、自分の表現したいことを譲りたくなかった。信じた道を突き進む強い意思、これは父譲りなのかも。あとは僕がどんな状況でも「MattはMattでいい」と認めてくれる母、安心して帰れる場所があることが何よりの力でした。
真紀さん Mattのこの意思を確認してから、将来を不安視して先回りすることはその子の可能性を阻むことになるかもしれないと思いました。子どもを信じ抜くこと、その気持ちが、子どもが自分を大切にしてその強さを育むのだと思います。
撮影/森脇裕介 スタイリスト/福田春美(Mattさん)、取材/竹永久美子、小菅祥江 Mattさん衣装:シャツ¥38,500パンツ¥35,200(ともにNOLNO) 情報はSTORY11月号掲載時のものです。