高齢化に伴って介護を必要とする人の数は急速に増え、家族介護者数は、2001年の470万人から、2016年には 699万人に増加しています。そこで、介護にあたるうえでの心構えや、上手に負担を軽減する方法を体験者の方に語っていただきました。
中村美紀さん(52歳・東京都在住) 株式会社ギミック執行役員
「私にはこれしかない!」と
ビジネスで培ったマネジメント力を
駆使して介護を乗り切る!
ビジネスで培ったマネジメント力を
駆使して介護を乗り切る!
「どうしたらいいか考えようとしても、選択肢すら目の前に見えない状態。そんな中で、常に『命の決断』を迫られている感じでした」と語る中村美紀さん。ご両親が立て続けに倒れたのは、20年間勤務した会社を退職し、フリーで活動を開始して7年目の,18年。生死を彷徨っていた母親の容態が落ち着くと、次に迫られた選択が、「退院後の生活は介護施設入居か在宅介護か」。
仕事一筋で介護の知識は全くなかったものの、編集者でもある中村さんは、『決断できないのは情報がないから』がモットー。本やサイトで調べるだけでなく医師や介護専門家の話を聞き、答えを出すために情報収集に奔走しました。
しかし、施設入居を決めたものの、決断に至るまでには苦労したそう。中でも、『親の面倒は子供がみる』という価値観から生まれる罪悪感を払拭するのは難しく、最終的に家族会議を開き、集めた情報を基に会議を重ね、家族の意志として入居を決断したのです。
「母の入居施設が決定して間もなく、今度は父が倒れました。入院して3カ月後には退院が決定したものの、二人で生活するイメージが湧かず。今度は私が体調を崩してしまいました」。
体調悪化は“不安”からきたものだったそうで、父親との二人生活のイメージをつけないと乗り越えられないと、再び専門家に頼ろうと決断。ケアマネージャー・訪問看護師・デイサービススタッフとともに会議を開き、心配事は全て解決したうえで父親の退院を受け入れ、,19年より父親との二人の生活、在宅介護をスタートさせたのです。
あれから3年がたった今年4月。フリーランスを卒業し、医療情報のプラットホームとしてクリニック経営をサポートする会社に入社した中村さん。同時に、平日は都内、週末はご実家のデュアル生活も開始させました。
「この生活を始めるにあたり、新たに介護支援体制を確立することが不可欠と考えました。姉と叔母に介護ヘルプをお願いする形をとったのですが、身内だからこその“信頼”が重要と考え、“業務委託契約書”並みの書面を作成し、依頼内容は齟齬がないようにしました」。
介護は十人十色。正解がなく、対応も千差万別。ゴールが見えず、道半ばの今、中村さんが経験を踏まえ介護予備軍の皆さんに伝えたいこと。それは、『何か起きた時の相談先をおさえる』、『親のことを知っておく』。そして、『遠慮せずプロに頼る』の3つだそう。
「できる準備はしておくものの、介護を必要以上に恐れず、親との“今の生活”を楽しんでほしい。まずは、親と食事しながら好き嫌いや、生活するうえで楽しいことを聞いてみては? その時間の共有がすでに介護の下準備になっているはずです」。
撮影/BOCO 取材/上原亜希子 ※情報は2022年10月号掲載時のものです。