誰だって相手に浮気をされたら、はらわたが煮えくり返るに決まってます。ただ、そこで逆上して二度と戻らない〝お盆の水〟をひっくり返してしまうか、達観できるか。考えさせられます。
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◯ 話してくれたのは...宮崎よし子さん(仮名)
夫とは21歳から7年間付き合って結婚しました。が、本当に付き合っていたかどうかわからない程、当時夫はモテモテだったんです。
そもそも1歳年上で他大学の学生だった夫とは、女友達の紹介で出会いました。第一印象でお互い魅かれあい、ときどき会うようになったのですが、当時バブルの真っただ中。あの頃のデートと言えば、外車で海に行ったり、話題のカフェに行ったり、夜景を見たりの時代。でも夫は、こんなとこ連れて行くの? と思うような下町のトンカツ屋さんとか、ラグビーの試合とか、普通ならいいカッコしていいところに連れて行きそうなオシャレな場所は滅多にない。また私を気持ちよくさせてくれるような言葉を言うより、思ってることをずばずば言うシビアな人。
男気があり、めちゃくちゃ遊んでいるけど、勉強はできるみたいなところもあって、それが逆に新鮮だったんですね。付き合おうという正式な申し込みもないままに、何となく週1で会うようになっていました。
ところが、彼女なのか違うのかわからないような女性がどんどん登場してくるんです。待ち合わせで待っているときに、変な女が私のことをずっと見ていたり、車で家まで迎えに来てもらったら、隣の家の陰に別の女が隠れていたり……。
ある日、夫が骨折で入院し、お見舞いに行くと、入れ代わり立ち代わり、女がやってきたりとかニアミスの連続。普通だったら慌てて隠したり、噓をついたりするのに、夫は開き直るタイプ。つくづく「もういい、こんな人とは絶対に結婚したくない。がーんと振ってやろう」と、心の中で叫ぶものの、ジェットコースターみたいな恋愛で実は面白かったんですよね。
ところがクリスマスケーキの年齢も過ぎた頃、徐々に女性を整理し始め、タイミングいいのか悪いのか実父が病気で倒れ、プロポーズの言葉なんてもちろんないままに、結婚という状況になっていったんです。私は博打だと思って結婚しました。常に上目線の夫、なんで私を選んだのか、絶対に言いません。今もって謎(笑)。
最初は平和でした。夫は家業の寝具を扱うメーカーを継ぎ、私もお手伝い。長女、次女も続いて生まれ、仕事と家事と子育てを両立するばたばたの日々を過ごしていました。数年経つと「あーまた女とちょろちょろやってるな」と昔感じた思いが再燃するような出来事もありましたが、すでに私には免疫があったので、遊びなら仕方なしと掌の上で転がしていました。
ところが結婚後10年が過ぎた38歳の頃、毎週土曜日になると決められたように出掛け、夜中に帰ってきたり、外泊が続くようになってきたのです。すぐ、浮気だなとピンときました。
そうこうしているうちに、たまに無言電話がかかってくるようになり、ある日「何か言いたいことあるんですか?」と言うとがちゃんと切れました。これは愛人がいると確信。心の準備がある私でも、特定の人がいるとなると話は違います。悩みました。いろんなことを考えました。こういうふうにしたらこうなる、というシミュレーションが常にぐるぐると頭の中で回っていました。
夫を突き詰めたら「ごめん」と謝り、すんなり女と別れるような人なら話は違ったかもしれません。でもうちの夫は開き直るタイプ。問い詰めたら、面倒臭くなるのは目に見えています。
それで私は夫に何も言わず、様子を見ることにしました。でも、夫の行動はどんどんエスカレートしていきます。レストランのレシートが落ちていたり、車の中には見覚えのない漢方薬があったり、ますます外泊も増えていきました。それでも何も言いませんでした。腹立ちましたよ。
でも、ここで喧嘩したり、叫んだり、言えば言うほど自分がみじめになって、居場所がなくなるのは私の方。ボルテージが上がっている恋の渦中のときに、やいのやいの言ったところで熱は下がらない。自分の経験からも、下がるまで待つしかない。いろんな方向に考えてみても、いちばん賢いのは黙ってることかなと思ったんですね。男って勝手なもので、自分が悪いのに、家には癒しを求めてるんですよ。そこは説明がつきにくいけど、感情は感情なんですよね。だから家は戻ってきやすい状態にしておくべきだと思いました。
やがて土曜日の夜遅くに夫が帰る時間を見計らったように、毎週その女から無言電話がかかってくるようになりました。自分の存在を私にアピールしたいかのよう。ますます私は黙認することにしました。どんな女かと詮索したり、会ってみたり、ドラマにあるようなあんな恐ろしい地獄絵に発展していくのだけは避けたい。こんな愛人の隅にも置けない女のために、私がもっと不幸になるのは絶対に、い・や・だ!! と決意。
渦中も夫は家では普通で子供のことも可愛がり、平日は家でご飯を食べることもありました。何より、クリスマスは仕方ないとしても、盆暮れは愛人のところに行かず、家族で過ごしたんです。かすかな望みがあるなと思いました。
とにかくなるべく鬱陶しい想像をしないようにして、子供と楽しい時間を過ごすようにしました。3人でご飯を食べに行ったり、ママ友と遊んだり。夫のためでなく、自分のためにオシャレをして、美味しいものを食べて、キレイなものを見て、普通の生活。食べるか食べないかわからなかったけど、夫用の夕飯は用意して、家もキレイに整えていました。
もちろん、空しい気持ちは常にありました。泣きたいときもありました。そんなときは子供たちが寝た後に、近所の公園に行って、ブランコ漕ぎながら、ワンワン泣きました。戻ってくるという自信は全然なかったし、まさに賭けでした。
こんな状態が2年も続いたんですよ。夫は私が気付いていることはもちろん知っていたと思います。ある日突然夫から、「もうやめた」と告白してきたんです。その女と別れたということだなと思いつつも、私は顔色も変えず、ふーんと対応しました。
夫は急に家にいるようになってきました。正直嬉しくもなかったけれど、徐々に生活が落ち着いて、気持ちが晴れていきました。渦中のときは、自分のやっていることに何も触れなかったのに、「不倫は最低ー」とか独り言言ったりしてるんです。「お前やろー」と心では思っていたけれど、そこで突っ込む気にもなれず、私はスルー。淡々とそれまでと同じ生活を続けていきました。
あんなに遊んでいた夫が、飲みに行くこともなくなりました。いろんなところに私や家族を誘うようになり、ひと言でいえば、生きがいが家族のようになりました。もちろん年を取ったせいもありますが、好きなことをしたし、やることやったしもういいわ、という感じでしょうか。居場所がここだということを夫も確信したのだと思います。
あれから10年が経ち、最初の10年とは打って変わって、良い夫に。浮気の形跡も一切ありません。夫婦って、家族って不思議なもので、思いがけない災難や苦労があって、1度は信頼関係を失ったとしても、戻るときはすっと何もなかったようになれるんです。そうできたのは、自分の惨めなところをさらけ出さなかったからかな。言いたいことを言えばそのときは気持ちいいかもしれないけれど、相手からしたら興醒めすると思うんです。満足できる自分でいたら、結果的には夫にとっていい女でいられるのかな。
今は夫婦逆転。子育ても終わり、私は毎週金曜日の夜になったら女友達と飲みに行きますが、夫は家にいるのが楽しいらしく、私が出掛けることに何も言いません。そりゃ、言えないでしょう(笑)。もし毎日6時に帰ってくるような真面目な夫だったら、私も遊べません。そもそも、マイホームパパだけど、女性にもモテず、真面目だけが取り柄のような人には私は魅力を感じないでしょう。うちの夫のような人を好きになったのだから、女関係の苦労も仕方なかったんです。
最近は年に数回、夫が計画して夫婦で海外旅行に行くことも習慣になりました。何の気を使うこともない気心知れた夫と、異国の地を歩く楽しさを存分に味わっています。
取材/安田真里 イラスト/あずみ虫 ※情報は2015年掲載時のものです。