親しみやすく明快な語り口で大反響の産婦人科医・高尾美穂先生と、STORYの連載ページ「更年期のクスリ」を長年担当してきたライター柏崎との対談連載。
ぼんやり知っているつもりだけれど「実はよく分からない」更年期のあれこれについて、柏崎が高尾先生に直球質問。今さら聞けない基本の「キ」にも丁寧に答えてくださり、なんとなく信じ込んでいた思い違いはバシッと斬ってくださる高尾先生のお話は胸がすく思い!
モヤモヤ不調は周りとシェアすることで軽減して
柏崎 前回は更年期攻略法をいろいろうかがってきましたが、私の周りでも更年期にメンタル的に落ちてしまう人が多いのですが、それもエストロゲンを補うことで改善しますか?
高尾 メンタルの不調には漢方を続けていただくこともお勧めですが、やはりホルモン補充療法に頼ることで改善できる部分も大きいです。
柏崎 頼れるツールにトライする1歩が出るといいですよね。
高尾 そして、不調についてまわりの人に知ってもらう努力は大事です。
「お母さんちょっと体調悪いから協力してね」とシェアをすること。周囲にちゃんとわかってもらうことを諦めないでください。更年期ママの子どもたちだって、そこそこの年齢になっているはずだから。
柏崎 確かにそうですね!
高尾 こないだ小学校のPTAで講演する機会があったのですが、小学校のお母さんって若いイメージだと思ったら、実際にはなかなか同世代。「40歳で産んだので、今50歳です」って。
4年生や5年生なんて、まさに思春期の入り口、そこに母の更年期がかぶる。家の中にモヤモヤが蔓延してる。
柏崎 ホルモン大暴れと不安定な人が家族の中に同居している。
高尾 そこにいるお父さんの大変さね(笑)。高齢晩婚や高年齢出産に伴い起こりうる現実が意外なところで現れますよね。
柏﨑 そこに親の介護が重なってくると大変なことになりますね。
高尾 更年期で悩んでいる人たちの具体的な話を聞くと「娘と意思の疎通が取れない」「私は息子に嫌われている」というような話が多いんです。本当に「ええ?」と思うような相談で、つまり人間関係のストレスなんですよね。それを婦人科で話してくれたところで、どうにもできない。まずは家族内で解決してほしいから「まずは旦那に言ってみたら?」 と言うしかない。
柏崎 ごもっともです(笑)。とはいえ、なかなか旦那さんと共通言語がなくて対話が難しいご夫婦もいらっしゃるのかな
高尾 きっとそうなんでしょうね。
柏﨑 長年、夫婦をやっていく中で、少しずつお互いの気持ちが言えなくなってきたりとか。
高尾 体の不調ぐらいはどうにかできる。よく言うことですが、人間、自分のことしか変えられないんですよ。息子のことも旦那のことも変えられない。でも自分のことは自分の意思で変えられる。睡眠を確保し、運動の習慣をつけて、ホルモン補充療法を始める。それらは全部自分の意志でできるから、やってみては? と。
柏崎 不調を感じたら誤魔化さずに、まず自分の体と向き合って、1人で変えられることは思い切ってトライしてみる。それを更年期に入る40代前半から始めておくことはリスクヘッジになりますね。
高尾 あとね、マイクリニック、つまりかかりつけの婦人科医を更年期に入る前から持ってほしいのですが、その理由のひとつが、更年期の人の話は長いことにあるんです。
柏崎 おおお。
高尾 心療内科や精神科では、長い話を聞けば聞くほど診療報酬が高い。長い話を聞くのは心療内科の医者にとっては嫌ではないと考えられます。それは、ちゃんと報酬に跳ね返ってくるから。でも産婦人科っていうのは、時間で換算されるわけではない。なので、とりとめなく話をされてもいいような外来枠の時間設定をしていないんですね。
柏崎 なるほど!
高尾 高尾先生だから聞いてくれるとか、そういう話ではないんです。
初診の患者さんに「私、更年期症状が重いんです」と、抱え切れないくらいの大きな玉をどーんと持ってきてぶつけられても、どんな環境で、どんな仕事をして暮らしている、どんな人なのか把握するにはすごく時間を要する。けれど、生理痛とかPMSとか生理不順とか、おりものの相談とか子宮頸がん検診結果の相談とかで、30代、40代の頃から通ってくれていたら、その人の情報が蓄積されているわけ。
柏崎 時間が経過していれば、ある程度、人となりが把握できていますよね。
高尾 そう、仕事の状況、家の感じ、キャラとかね。こちらも「あなたは真面目すぎるからね」「頭が固いと症状重くなったりするよ」「もうちょっと柔らかく考えて」などと言えるわけですよ。つまり、話す機会を重ねることでその人を理解できる。患者さん側も、医者のいいところ、イマイチなところ、話し方のくせとか、ある程度、把握できるかもしれない。
これが更年期に入る前にかかりつけ医を持つ最大のメリットだと私は思います。かかりつけ医に自分のことを知っておいてもらったうえで受けるアドバイスのほうが、適切だと思いませんか?
柏崎 症状がない時から診てもらっていれば、先生も変化を読み取れる。なるほど、そのとおりですね。めちゃくちゃ納得です。
高尾 初対面の患者さんから、本当にいきなり重いのが飛んでくるからね。こちらにとっては、どういう人が変化してこうなったのか、あるいは、もともとこういう人なのか、の区別がつかない。だから通常運転の時に、普段のキャラを教えておいてほしいの。こういうことを言っているお医者さんって、多分あんまりいないと思うけど。
柏崎 はい、いません(笑)。今まで思いもつかなかった視点ですが、すごくよく分かりました。長年の信頼関係とか、人間関係を築いておける基地をもっと多く持つことが必要で、そのひとつが、かかりつけ医という意味ですね。40歳くらいになったら必要ですね。
高尾 めちゃめちゃ必要だと思う。
柏崎 でも、今のお話みたいに、真面目な人は更年期症状が重い、といった因果関係があるんですか?
高尾 真面目で一生懸命なタイプで、誰かの役に立ちたい、と強く思っている人のほうが、更年期の不調が重いことは報告されています。
柏崎 私の友人に、子育てに全力投球した後、更年期で鬱になって家から外1歩も出られないという人がいたのですが……。
高尾 大好きな仕事に夢中、推し活に一生懸命、というような人は更年期障害で困る可能性も低いのかもしれません。更年期で困っているヒマがないと言うか。不妊治療でもそうですが、何かひとつのことにフォーカスしすぎないということが本当に大事。
不妊治療をずっと続けていた人は生理が来るたびに自分の努力が水の泡になったのがはっきりわかるわけで、それを繰り返すうちに不妊治療のことにしか目が行かなくなってしまっていることが多いです。他のことが何も楽しく感じられない方もいる。そして「タイムリミット」または経済的にもう無理、となって、何も生み出されることなく不妊治療を終えた人が、その後、更年期に差しかかると本当にしんどいケースが多い。抜け殻の状態での更年期なので。
柏崎 「空の巣症候群」と同時にやってくる更年期も大変ですけれど、そちらには、とりあえず子育てを頑張ったという達成感が手元にあります。でも不妊治療を断念した後の更年期はさすがに辛いですね。
今の40~50代は人類が初めてガチンコで更年期に向き合う世代
高尾 いろんな意味で、女性の一生はホルモンとともに進むんですよ。
柏崎 ホントにそうですね。
高尾 それで言うと今の40代、50代は、ホルモン的には前人未踏の荒野を開拓していると言っても過言ではないくらい大変な世代です。
柏崎 というのは?
高尾 1945年46年、まさに戦後の日本人女性の寿命は50歳そこそこでした。ざっくり考えて、多くの人は閉経を迎えるか迎えないくらいで寿命が終わっていたわけ。だから当時は、命が終わるから生理が終わるのか、生理が終わった後も人生が続いていくのか、まだ判断できなかったんです。
柏崎 対談の初回でお話しいただいた卵巣寿命って、それくらい大変なことなんですね。
高尾 そうなの。結局、寿命が延びて70代まで生きられるようになっても、卵巣の稼働期間は延びなかったんです。
柏崎 逆に、人の体って、すごいですね。
高尾 40年間、卵巣がしてくれていることは、とても大事なことなんだけど、その間は有難みに気づいていなくて、機能しなくなってから初めて有難みに気づく人が多いわけです。大変な状況になってからしか皆さんが気づけないことが問題だと思います。ホルモンの働きや変化について、もっと若い頃から理解して味方につけることができたらいいのに、と。
柏崎 小学5年生くらいの時に学校で生理について授業を受けて以来、きちんとした知識を得てこなかった。怠慢ですね。
高尾 みんな、細切れの情報だけは持ってるんです。その細切れの情報のひとつひとつがきちんとつながれば、目の前が開ける感じがすると思う。そこをぜひ知ってほしいです。
柏崎 私は先生の著書『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』を20歳の時に読みたかったです。知るのと知らないのでは、女性の人生設計がまるで変わってきますよね。
高尾 本当にそうなの。
柏崎 無知のまま行き当たりばったりで3人の子どもを産んで……私は恐ろしくラッキーだったのかしら。今考えると怖いです。
高尾 意外に向き合うチャンスがないんですよね。更年期になって初めてジタバタするという……。それでもちゃんと症状が出て「変だな?」「どうすればよくなるんだろう?」と考えるキッカケを得られた人は、むしろ幸運なのかもしれません。
柏崎 そっか! そう考えればいいんですね。
次回は「親として意識しておきたい「妊娠出産のちゃんとした知識」です。
撮影/西あかり 取材/柏崎恵理