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主婦として家事は完璧にするけれど、夫の前では笑うのを一切辞めたんです

気づけば結婚20年、25年という方もいるのではないでしょうか。その間夫婦がずっといい関係でいることは、ほぼありません。話しても分かり合えない〝男女の違い〞に絶望した人もいるでしょう。今回の夫婦も若い頃はそうだったと言います。冷戦を経て生まれた夫婦愛へと至る道をたどってみましょう。

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目次 ★ 銀婚式夫婦の絆

銀婚式夫婦の絆

◯ 話してくれたのは...奈美悦実さん(仮名)

神奈川県生まれ。大学卒業後料理研究家に師事。自らも雑誌で料理連載などを持ち、多忙な20代を過ごす。23歳で結婚、34歳で長女出産。好奇心旺盛で、やりたいことをやらずにはいられない性格。何か見つけたら突っ走るタイプで奈美悦子さん似のチャキチャキ美人。
夫 福岡県生まれ。大学入学と同時に上京。卒業後は大手都市銀行に20年間勤務。42歳で退職し、妻の実家の会社に入社。真面目で優しく、思いやりのある性格。常に人に対して気づかいのできる人。趣味はゴルフ。

つい先日銀婚式を迎え、穏やかな日々を過ごしていますが、結婚年数半分の12年間は何度離婚しようと思ったことでしょう。この先はわからないけれど、今は別れなくて本当に良かったとつくづく思います。

大学時代、親友の紹介で出会った、同級生の夫とは23歳で結婚。夫は都市銀行の銀行員、私は駆け出しの料理研究家として順風満帆に結婚生活をスタートしました。

でも夫は朝6 :30に家を出て、夜中に帰宅、私も師匠の撮影のお手伝いで連日帰宅が遅く、常に連絡はメモ。夫は真面目で優しい性格ですが、九州男児で一切家事はしない人。私はB型ゆえ自分勝手で周りのことを気にせず、勝手にどんどん走ってしまう性格。突然1人旅に出たり、思い立ってはパリのコルドンブルーに短期留学したこともありました。

もともと子供が大好きというわけでもなかったので産まないつもりでしたが、勝手な性格だから33歳を過ぎる頃、今を逃すと産めなくなるかもしれないと思い直し、妊活をしたらすぐに妊娠、34歳で長女を出産しました。

ところが妊娠中から体調が悪く、出産後も疲労感が強く、母乳をあげるとへとへと。料理中も冷蔵庫まで食材を取りに行くことすら辛く、昼間は子供と一緒にずっと寝ているような生活でした。

検査をしても悪いところはなく、今思うと妊娠出産でホルモンバランスが狂っていたのだと思います。そんな状態でも夫は家事を手伝ってくれないし、私も体調の悪さからちょっとしたことでイライラするように
なっていました。

出産前まで主宰していた料理教室も休み、子育てに専念。もともと仕事が大好きだった私は、社会と遮断されたような感覚に陥り、一層、精神的に追い詰められていきました。夫はそんな私の気持ちを一切理解しようとせず、私の事に関しても「どうせ趣味だろう?」と認めない。顔を合わせたら傷つけ合うこともしばしばで、口論が絶えませんでした。

そもそも同級生だから、尊敬という気持ちや一歩下がる感覚もまるでなく、お互い言いたい放題。何度も離婚したいと騒ぎました。あの頃は理解し合えない人と一緒にいても意味がないと終始思っていました。夫も口には出しませんが、相当私に呆れていたと思います。

そんなある日、理由も覚えていない些細なことから喧嘩になり、遂に私の暴言に怒った夫がバチンと私の顔を殴ったんです。もう許せない。私に暴力振るう人なんて一緒にいられないと激怒し、離婚を決意。子供を連れて実家に帰りました。

もう二度と一緒に生活するのは無理だと確信しました。でも母に諭されるうちに、当時は私自身に稼ぎもなく、1人で娘を抱えて生活するのは無理だと諦観。数週間後に夫が迎えに来たので、仕方なく家に帰りました。が、心の置き場をなくしてしまい、主婦として家事は完璧にするけれど、夫の前で笑うのを一切辞めたんです。

以降数年は表情を変えず、最低限度の会話のみ。もちろん夫への嫌がらせが目的でしたが、結果的には、私自身が精神的に追い詰められ、心も体もボロボロの状態でした。見るに見兼ねた友人がカウンセリングを受けることを勧めてくれ、カウンセラーに会いました。そうしたら先生に「人を変えるのは無理ですよ。自分が変わらないと」と言われ、いつもどうして変わらないの? 何でこうなのかしら? と、夫が変わることばかり望んでいた私は目から鱗。

そして「ご主人を若い女性に取られてもいいの?」の一言に、がーん。考えたこともなかったのですが、「もったいないかな。また見つけるのも無理だし」と納得。相手ばかりを責めていた勝手な自分の姿に気づかされ、まずは徐々に笑うように努力しました。

しばらく笑っていなかったので最初は不自然でしたが、少しずつ夫の前で笑えるようになって、態度を軟化させていくと、夫が家事を手伝うようになってきたのです。もう、びっくりしました。掃除機から始め、お皿を洗うようにもなりました。

当時、5歳になった娘を介して、楽しい会話も増えてきて、家族で出かけるようにも。明らかに夫婦の間に流れる空気が時間をかけて変わってきたのです。私の体調の悪さも整体に通うことで、元気になっていきました。

そうこうしているうちに実父が食道がんになり介護の末、他界。続いて私が早期の子宮頸がんで手術。実母も乳がんで手術。義父も亡くなり、そのうえ夫が転職と、普通なら10年くらいのスパンで起こる出来事が1年の間に起こりました。私も夫も42歳のとき。怒濤の日々で、もう喧嘩なんかしてる場合じゃない、協力して前進していかなければならなくなったんです。この時ばかりは夫婦の有難味を実感しました。

そして2年前47歳のとき、夫が早期の前立腺がんと診断されました。手術をして、今も元気にしていますが、すごく悲しくて、夜中に1人でいると涙が出てきます。早期とわかっているのに余計なことを考えてしまうんです。いなくなったらどうしよう。私はこの人がいないと困っちゃう。電球替えてくれないから困るって。もっと親切にしてあげればよかった。いろんな思いが過り、まさかこんなに唯一無二の存在になるとは、あの頃は思いもしませんでした。

今私にできることは、少しでもがんにいい食べ物を食べさせること。あしたばのジュースを作ったり、それまでランチは外食でしたが、毎日お弁当を持たせるようにも。残り物をチクチク詰めてるだけですが(笑)。

前立腺がんに効くと言われているザクロのジュースも必ず添えます。「自分を変えないと、人は変わらない」と言われた言葉に私は人生を救われたんですね。自分が開けば相手も開くし、別の言い方をすれば、相手に期待をしてはいけないのです。相手に要求したり直してほしいと思ったとき、自分はどうなんだ? と考えると、私の場合短所だらけで、相手だって直してほしいと思っていることがいっぱいあるはずだ、とひと呼吸置いて、考
えられるようになりました。

今は、こんな勝手な私なのに、何の不自由もない生活をさせてくれ、本当に有難いと思っています。とはいえ、決してラブラブなわけではありません。喧嘩もするし、普通です。でも普通が実は有難い。有難い、って有るのが難しいって書くわけですから。2人で犬の散歩に行ったり、何気ない新聞記事の話をしたり、ワインを飲みながらご飯を食べたり……そんな日々ですが、それがいつまでも続くといいなあと心から思います。とにかく夫にはできるだけ長く、元気でいてほしいですね。

先日娘が高校に入学しました。そのとき夫から「育ててくれて有難う」という言葉を添えて、突然金一封をもらったんです。予想外のことで本当に嬉しかったですね。使えなくって、そのまま大切に置いてあります。

数年前から料理教室も再開。また料理写真と絵画を融合したアートを作るようになり、個展を開いたりもしています。去年のクリスマスには上等のカメラをプレゼントしてくれました。「いい写真を撮ってね」と言ってました。嬉しかったですね。

今は空気みたいな絶対に欠かせない人になっていますが、ここまで来るのが大変。結婚生活は我慢しないと始まりません。でも乗り越えたときは、ほかの人では絶対に代わりにならない私だけの夫が傍にいてくれるのです。幸せだと感じています。

取材/安田真里 イラスト/あずみ虫 ※情報は2016年掲載時のものです。

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