『つなぎたい心 The Beautiful Mind of Artisans』
◇ 真の豊かさとはなにか、を見つめ直すキッカケになる
コスパ、タイパ、スペパなどなんでも効率や有効性ばかり重視しがちな現代とは真逆の価値観に彩られたこの本は、著者が暮らしの中で実際に愛用している道具の美しい写真とそれに添えられた凛とした文章にうっとりする一方で、自分の生活のガサツさの後悔と反省で、胸がザワザワするのです。
著書の前田義子氏といえば、あのFOXEYの創業者。FOXEYはコンサバファッションの代表格で、素材やシルエット、機能性もすべて巧みに計算された上で洗練された“間違いのない”ブランド。一代で揺るぎないブランドに育て上げた前田氏の“モノへの愛着”が『つなぎたい心』に濃厚に詰まっています。朝食のためだけのスターリングシルバーの銀器、共鳴する灯りと題されたアンティークの蝋燭立て、新緑を思わせるような珉平焼の器、インク壺や香水瓶、火鉢や茶籠。生活を彩る、必要かと言えばそうでもなく、もっと手軽に扱えるものが安く手に入るはずなのに、彼女の美意識は揺るぎなく美しく、好きの解像度が恐ろしく高い。
でも、この本は彼女のこだわりをひけらかしたり、名品の自慢をするのではなく、私たち日本人が忘れかけている、生活を豊かにするためのひと手間の大切さを訴えている点が、刺さるいちばんのポイント。その哲学が色濃く出ているのが「四季折々の喜び」という章に収められた木彫りの雛人形や「途絶えた物語」のシルバーオーバーレイ。雛人形は「娘が大人になったいまもお雛様を飾ることは毎年の楽しみ」と綴られ、オーバーレイは「『つなぎたい心』というタイトルには、“失ってはならない職人技に目を向ける心”という意味もこめられて」いると書かれています。単にコレクションするのではなく、愛しい雑貨たちにちゃんと活躍できる舞台をしつらえてあげる手間暇込みで前田氏のスタイル。多忙な彼女ができているのに、めんどくさいから、安いからという理由で安易に間に合わせのモノを買っては捨てる自分の暮らしはいかがなものか。
子育てがひと段落したとき、またはシングルだったり子どもがいなかったりしてふと暮らしが落ち着いたときに、改めて自分が好きなものは何だろう? と問いかけると案外「好き」の器が空っぽのことに気づいて愕然とするという友人を、自分も含めて何人も見てきました。だからこそこの本で、ファストファッションや100均ショップ量産系生活雑貨に席巻された消費型社会に流されてきた安直さを戒め、真の豊かさを見つめ直すキッカケにしたい。満ち足りている人生とは、お金や成功ではなく、自分の好きの解像度を極限まであげてクリアにできている人が味わえるものではないでしょうか。
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お問い合わせ:ハースト婦人画報社 049-274-1400
取材/柏崎恵理