9年連続で決勝に出場し、ついに『M-1グランプリ』の王者となった誰もが知る人気芸人・笑い飯の哲夫さん。我々STORY読者と同世代ですが、最近彼の様々な面が垣間見えて、その中でも特に気になるのが塾「寺子屋こやや」の経営。なぜ今塾を開いたのか、教育に力を入れる理由とは…。どこまでボケかホンネか、はたまた照れ隠し? 真摯な眼差しで熱く語るも、急に脱線したりもして。その想いをたっぷり伺いました。
★ 塾講師は後輩芸人、親御さんの代わりにしつけの役割も担う地域塾
★ 儲けはナシ、おじいちゃんになった時にタダで肩を揉んでくれる子がたくさんいたら丸儲け
★ 履いてるわらじは、塾経営・漫才師・農家・花火解説者・仏教マニア・わらじ作りの計6足
★ 将来的に「寺子屋こやや」を全国に展開していけたら!
教育の機会は平等であるべき、勉強のしかたと自主性を育む激安塾を経営
もともと、教育実習に行ったり、塾の講師バイト経験はあって、学生時代は教師になるのもいいなと思ってたんですが、最終的にお笑いの道に進んだんですね。以前、吉本の社員さんにお子さんの塾代がひと月に6万~7万円かかるって聞いて、僕が子どもの頃に行ってた近所のおばあちゃん先生の塾なんて、3000円だったからびっくりしてね。そうすると裕福な層の子しか通えんでしょ。経済事情に関わらず、いろんな層の子が通える小中学生向けの激安塾を作ろうと思って、友人に投資する形で大阪市淀川区で「寺子屋こやや」を始めたのが10年くらい前のことですね。
大阪市が、小5~中学生まで、月1万円を上限として塾代を助成しているので、それを使いつつ家庭の負担は月約5~6000円程度に収まるようにリーズナブルに設定してます。授業形式ではなく、「なんでこの答えになるの?」「ここが分からないな」と、自分でまずやってみて、勉強に詰まった箇所や理解できなかった箇所を聞くスタイルです。子ども自身が勉強のやり方を身につけ、学校の授業のサポートをメインに、納得して次に進める補習をしながら、学びへの自主性を育んでいくことが信条です。
塾講師は後輩芸人、親御さんの代わりにしつけの役割も担う地域塾
また、家とは別の場所、第三の場所として、勉強できる場の提供という面でも大事な役割があると思ってまして。親でも学校の先生でもない、第三の大人とのふれあいや、リラックスできる 地域のサードプレイスとして、勉強をゆるく楽しくしてもらって、成長を温かく見守りたいですね。学校以外の友達を作るのもいいですしね。勉強以外でも、親御さんからは思春期の子どもとの接し方の相談なんかもいただきますよ。中学生って大人への一歩を歩み出したというか、思春期特有のちょっとしたワクワク感とか楽しい時期ですよね。夜、塾帰りに一人で帰るときに、買い食いしてみたり、講師とラーメン食って帰ろうかなんて関係だったり、そんな ワクワクするようなことや充実感みたいなものも経験させてあげられたら嬉しいですよね。あ、でも、うちの塾で気を抜けるか?いう別の問題もありますけどね(笑)
塾の先生って、子どもたちを面白く引きつけて楽しんで学んでもらうことが大事だから、信頼できる売れる前の大卒の芸人の後輩たちにお願いしてます。子どもたちを笑かすのは難しいから話芸の鍛錬にもなるし、バイトとして稼ぎにもなる。子どもたちは楽しく学べるし、双方にメリットがあるんですよ。今までに、アインシュタインのゆずる、ネイビーズアフロ、ツートライブ、ラフ次元の梅村、滝音のさすけ…などが手伝ってくれて、今は本業のお笑いで食えるようになりましたね。「このシステムを思いついた僕、天才やろ!」って自画自賛もんですね。
儲けはナシ、おじいちゃんになった時にタダで肩を揉んでくれる子がたくさんいたら丸儲け
当初は実際に教えもしてましたが、今は経営者としての立場で現場は後輩たちに任せています。僕の給料はなく、儲けは考えていないですけど、子どもたちが賢くなってくれるのが一番の儲け、将来への投資だと思ってまして。例えば、温暖化を回復させる装置や再生可能なエネルギーを発明するのは、僕らの世代では無理かもしれないけど、これからの世代で成し遂げてくれる人たちが出てくると思うんです。そのためには子どもたちに投資して、優秀な人材を育成することがとても大切なんですね。だから、経済格差による教育の「置いてけぼり」をつくらずに、全体的に子どもたちの能力を高めたり、職業選択の幅を増やしたりすれば、より豊かで健康的な地球を後世や子孫に残していくことができると信じています。僕がよぼよぼのおじいちゃんになった時に、肩をタダで揉んでくれる子もたくさん出てくる。地元の子らに校外学習、体験学習と称して、僕がやっている実家の農家で受け入れすれば、大変な田植え作業もやってもらえて楽できますしね。塾で未来人を育てることは、なんて理にかなった投資なんだ、と自分でも惚れ惚れしますね。
履いてるわらじは、塾経営・漫才師・農家・花火解説者・仏教マニア・わらじ作りの計6足
50歳が目前に見えてきたから、私生活をぼちぼち見せても…と最近では塾経営のこともこうして取材を受けていますが、最近多く取り上げていただくのは、仏教の知識についてですね。固いイメージや善人のイメージがお笑いの営業妨害になると思って、今までずっと隠してきたんですけどバレて諦めました。この 諦(あきら)めって、明ら(あきら)かにする、と仏教では同じ語源で、諦めたら明らかになる、結果として真実が見えてきたという意味なんです。仏教って固いイメージがあったけれど、仏教という固いお題によって、めちゃくちゃボケやすいんですよ。仏教マニアであることを隠すのを諦めたら、僕が当初心配していたことなんておかまいなく、仏教関連の本の執筆や講演などの新しい世界が開けて、結果として真理が見えたということです。
今、お笑い芸人や塾経営の他、農家、仏教マニア、花火解説やプロデュース、実家で出た稲わらを使ったわらじ作り教室、の6足のわらじを履いています。 諸行無常の仏教の教えから、何事にも執着しないで一瞬一瞬を楽しんでいこうと、ここまで増えました。また、僕が楽しんでいることが多いほうが、子どもたちにも伝わるでしょ。1人の存在と全員の存在を同一視する考え方が仏教にあります。自利/利他の考え方で、1人の喜びは皆の喜び、皆の喜びも1人の喜びなんです。子どもって、何か理解した時にとってもいい表情をするんです。それって、塾の先生にとっては、「俺、教え方うまいだろ」ってことだし、生徒の理解はお笑いでいうところのウケた、ということ。 僕のおかげで、教育を受けた子どもたちが楽しかったと思えたことは、僕にとっても嬉しい、幸せなことでもあるのです。その循環です。
将来的に「寺子屋こやや」を全国に展開していけたら!
子どもたちが将来、人生を豊かに送ってほしいとの思いでさまざまな活動をしていますが、今後はこの「寺子屋こやや」事業を全国展開し、さらにもっと多くの子どもたちが平等に学べる機会を増やすのが目標ですね。
…あかん、好感度上がりすぎてもうたな。僕が将来浮気しても手加減してもらえるように、今こういう活動してる、ということにしとってください(笑)。
1974年奈良県生まれ。県下随一の進学校である県立奈良高校、関西学院大学哲学科卒業。2000年に漫才コンビ「笑い飯」を結成。NHK上方漫才コンテスト最優秀賞、M-1グランプリは9年連続決勝出場を経て2010年に優勝。仏教にも造詣が深く、2020年相愛大学人文学部客員教授に就任。著書に『えてこでもわかる笑い飯哲夫訳般若心経』(ワニブックス)など。
撮影/河内 彩 取材/羽生田由香