数々の作品に個性派俳優として出演し、歴史番組の司会としても活躍している佐藤二朗さん。一方で、「ちからわざ」という演劇ユニットを主宰し、脚本家、映画監督としても実力を発揮していることをご存じでしょうか? 11月には、佐藤さんが12年ぶりに書き下ろした戯曲『そのいのち』が、宮沢りえさん主演で上演されます。“負を力に変える”がテーマだという佐藤さん。そこに込められた思いとは……?
★ 舞台でも負が力に変わることを、この目で実際に見たい。
★ どんな人にもマイナス面はあって、それをどう力に変えていくかが、生きるということ。
妻の薦めで聴いた曲にインスパイアされた戯曲
新作舞台『そのいのち』は、佐藤二朗さんがミュージシャン・中村佳穂さんの同名の楽曲に触発されて執筆した作品。曲との出合いは、アニメ映画『竜とそばかすの姫』(2021年)の主人公の声優と劇中歌で中村さんが注目を集める前、佐藤さんのX(Twitter)にもたびたび登場している奥様に薦められて聴いたことだといいます。
「ドラマの部署にいた時から、僕の脚本を評価してくれていたカンテレ(関西テレビ)のプロデューサーが、『舞台をやりませんか、好きなものを書いていいですから』と連絡をくれて間もなくだったと思います。妻に『ちょっと凄い楽曲がある』と言われて聴いたのが、中村佳穂さんの『そのいのち』という曲だったんです。擬音になってしまいますけど、僕はもう“ぐわん”と衝撃を受けて、とにかくこれが流れる物語を書きたい!と思った。
もちろんその時は、物語の内容までは全然思い浮かばなかったですよ。ただ、中村さんのその歌を、人間への讃歌、命の讃歌というふうに受け取りました。命の讃歌というと耳当たりはいいけれども、人間の生臭いところとか、ドロドロしたところ、綺麗事じゃ生きていけない黒い部分も描かないと、命の讃歌にはならないな、この歌が劇中で流れる物語にはならないな、と。実際に書き始めたのは、しばらく経ってからですけど、途中でやり直すようなこともなく、一気に書き上げたような感じでしたね」
舞台でも負が力に変わることを、この目で実際に見たい。
そんなふうにして出来上がったのは、介護ヘルパーとして働く山田里見と、障害を持ったその新たな雇い主の相馬 花と、花の夫の動物ライター・和清を軸とした物語。里見は、ペットのウサギと穏やかに暮らす年の離れた夫婦と打ち解けていきますが、ある出来事をきっかけに3人の関係は崩れていき……。里見役は宮沢りえさん、和清役は佐藤さん、そして花役は、ハンディキャップを持ちながら女優として活躍する佳山明さんと上甲にかさんがWキャストで務めます。
「以前、りえちゃん主演の映画『紙の月』を観た時に、なんと“抑圧”が似合う女優なんだ!と思ったことがあって。だけど内にはマグマのような熱い何かを抱えている。そんな独特のオーラを持つりえちゃんに主人公を演じてほしいと思い、台本を読んでもらって、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のリハーサル室で一緒になった時に『もし興味があれば……』と声を掛けたんです。そしたら『楽しみにしています』と言ってくれたもんだから、すぐにプロデューサーに電話して、『宮沢りえ、やるかもしれない!』と。なんとか口説きたくて、酔っ払って長文のメールも送りました(笑)。その後、出演を決意したりえちゃんから『そそられます』と言われた時は本当に嬉しかったですね。最大級の褒め言葉じゃないですか。
花役は、最初は健常者の方に演じてもらおうと思ったんです。でも僕の中には“負を力に変える”という思いがどうしてもあって、それを祈るように信じているというか、信じたいと思っているんです。舞台でも負が力に変わることを、この目で実際に見たい。そう思ったから、ハンディキャッパーのお二人にお願いしました」
佳山さんは、2020年公開の映画『37セカンズ』で主演を務め、第30回 日本映画批評家大賞 新人女優賞、第75回 毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞を授賞。上甲さんは、NHKのSDGsミニドラマ『真ん中のふたり』(2023年)で主演を務め、今年5月に放送されたドラマ『%(パーセント)』(NHK)にも出演しています。
「お二人とも全然違うタイプの俳優さんなんだけれども、ちょっと抽象的なことを言うと、“芝居の垢”がないんです。そこが大きな魅力ですね。僕も普段から、極力、芝居の垢を排除したいと思いながらやっています。芝居の垢があると、“生っぽさ”とか“本当のこと”からどんどん遠ざかってしまうと思うので。お二人の芝居には、その垢がない。これは本当に凄い武器だと思います。それぞれの印象としては、佳山さんはどっちかというと天津爛漫な感じで、上甲さんは非常に理知的であるというか、聡明な感じ。そんなお二人が稽古場でどんな花をつくっていくか、楽しみです」
どんな人にもマイナス面はあって、それをどう力に変えていくかが、生きるということ。
佐藤さんの中で“負を力に変える”という思いが強まったきっかけは、ある人物との出会いだったといいます。車椅子ユーザーで、ユニバーサルデザインを提案するコンサルティング会社「株式会社ミライロ」を創業し、代表を務める垣内俊哉さんです。
「垣内さんは、それまで100種類以上あった障害者手帳を統一して、『ミライロID』という共通のデジタル障害者手帳を作ったり、すごくやり手の人なんです。その垣内さんが、テレビの番組で『バリアフリーではなくて、バリアバリュー。障害を価値に変える』と話しているのを見て、うわ、俺がやりたいことと一緒だ!と思って興味を持ちました。
車椅子ユーザーの彼は、大学時代にアルバイトした会社で、社長にデスクワークじゃなく、営業をやらされたそうなんです。その結果、いろんな営業先の人に覚えてもらって、トップの成績を残せた。もちろん、垣内さんが優秀だからというのは大きいと思うんですけど、『障害があることは、お前の武器だ』と言った社長もすごいなと思います」
佐藤さんも、自身の経験がもとになった『memo』(2008年公開)、とある島の置屋を舞台にした『はるヲうるひと』(2021年公開)という原作・脚本・監督を務めた2本の映画で、負を抱えた人間が、もがきながらも前を向こうとする物語を描いています。
「自分でもどうして“負を力に変える”にそこまでこだわるのか、よく分からないんですよ。ある人から『3作目の監督作はライトなコメディーを書いてみたら』と言われて、書き始めたことがあるんですが、どうしても書けない。きっとシナリオでも戯曲でも小説でも、自分が心血を注がないと書けないと思うんですが、僕にとって心血を注いで書けるのが、“負を力に変える”ことなんだろうなと。
でも、どんな小さなことでもいいと思うんですよ。たとえば、“左足を怪我して、右足でかばって歩いていたら、右足も悪くなった”なら、負が負を呼んだことになるけど、“足を怪我して歩くのに時間が掛かって、いつもより1本遅い電車に乗ったら、素敵な人に出会えた”なら、負を力にしたことになる。たぶん、どんな人にも負とかマイナス面はあって、それをどう力に変えていくかが、生きるということ。その積み重ねが人生なんだろうなと、僕は思ってます」
とても素敵な人生観。真面目で繊細な心の持ち主なのだろうなと感じさせる佐藤さんに、いつ頃から前向きな人生観になってきたのか尋ねてみました。
「いやいや、いつからかはちょっとわからないし、そもそも僕は全然、どんなマイナスなことがあっても前向きに生きる!みたいな、陽転思考のたくましい人間ではないです。相変わらず、メソメソ、くよくよしてますよ。でも、だからこそなんでしょうね。くよくよしている人間だからこそ、前向きに生きなきゃと思っているというか、そうとでも思わなければ、ずっとメソメソしがちなので(笑)。それで、負の部分を命を燃やす燃料にしているんだと思います」
今回の舞台も、大変ではあるけれど、だからこそ全員がワンチームとなって作り上げていくことを楽しみたいと言います。
「ハンディキャッパーのお二人と舞台で一緒に芝居をするというのは、映像よりさらにハードルが高いこと。だから本当に、りえちゃんや本間 剛、今藤洋子といった信頼する俳優陣、それから演出の堤 泰之さんをはじめとするスタッフ陣も含めて、みんなで一丸とならないと乗り越えられないと思ってます。でも、そういうことに挑戦できること自体、恵まれてるじゃないですか。なかなか登れない山を自分で選んでいるわけだから、とにかく楽しみたいですね。もちろん、りえちゃんと初めて舞台で一緒に芝居ができることも楽しみです」
佐藤二朗さん脚本・出演の舞台 『そのいのち』
『そのいのち』
脚本/佐藤二朗 演出/堤 泰之 出演/宮沢りえ、佳山 明・上甲にか(Wキャスト)、鈴木 楽・工藤凌士(Wキャスト)、福田学人・徐斌(Wキャスト)、日高 響・尾形蓮音(Wキャスト)、今藤洋子、本間 剛、佐藤二朗
11月9日~17日/世田谷パブリックシアター 22日~24日/兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール 28日/東京エレクトロンホール宮城
https://www.ktv.jp/event/sonoinochi/
衣装/ジャケット¥104,500、シャツ¥110,000、パンツ¥71,500、すべてY’s for men(ワイズプレスルーム℡03-5463-1500)
撮影/加治屋圭斗 ヘア・メーク/今野 亜季(A.m Lab)スタイリスト/鬼塚美代子(Ange) 取材・構成/岡﨑 香