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美術展を通し訴えてきたジェンダー、多様性。長野県立美術館・館長となった今、目指すこととは

美術館はいま、静かな変化の中にあって、とても刺激的。知と感性を携え、アートをひらき、人を迎え入れる——。展示を見る場所から〝価値を創造する〟新たな場所へ。多様な価値を示しながら、美術館の未来を動かす、話題の女性館長たちの仕事と、その美術館の現在に迫りました。

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笠原美智子さん・長野県立美術館 館長

職員が気持ちよく働けることが
来館者が楽しめる美術館への第一歩

「薬局の長女として生まれ、家業を継ぐべく薬科大に進みましたが、犬の解剖という段で、どうしても無理と退学。3年遅れで明治学院に進学・卒業しました。当時、24歳で実家住まいでない女性が就職をするのは難しく、大学院に進むか留学しか道がなかった。それでアメリカに留学しました」。

そこで、出合ったのがセルフポートレート。「女性は、生まれたときから男性目線に立った女性の役割を担っています。ところが、70年代以降、自分が被写体となって女性の役割を演じることで、疑問を投げかけるセルフポートレート作品が多く発表されてきました。非常に面白いと思い、修士論文のテーマとしました」。

帰国後、東京都写真美術館開館時に学芸員として就職。’91年に、念願のセルフポートレートの展覧会を企画実施すると、ジェンダーをテーマにした日本初の展覧会と話題になりました。「アメリカでは70年代からあったのに、日本初というのは遅すぎます。女系家族で女が働くのが普通の環境で育ち、アメリカでは、女性だからと差別されることはなかった。なのに、今の日本はどうなの? と怒りを覚えました」。

その後も、ジェンダー、多様性などをテーマにした展覧会を精力的に企画・実施。働きすぎで倒れたこともありましたが、’17年に定年を迎えるまで仕事に明け暮れたといいます。

定年後はブリヂストン美術館の副館長に就任。「学芸員として、やりたいことをやり切ったと思えたので、マネージメントに徹し、’20年に開館するアーティゾン美術館を、どう円滑に運営するか、仕組み作りに取り組みました」。

2月、新美術館が開館するも、3月にコロナ禍で休館。長年の疲労が出たのか、9月に帯状疱疹に罹り、今も後遺症が残っています。それでも、任期満了まで仕事を全うしました。

そして、’24年、長野県立美術館の館長に招聘されたのです。「学芸員の主な仕事は、作品収集と、展覧会の企画・実施。展覧会はただものを借りて並べるだけではなく、準備から開催までに3年もかかる大仕事。その間、行政、アーティスト、専門家らと折衝・説得し、一般の方々にわかる形に通訳しなければなりません。私は学芸員としてやり残したことがないので、マネージメントに徹し、情報を共有できるシステムを作り、職員がオーバーワークにならずに力を発揮できる仕組み作りに注力しています。女性学芸員は多いけれど、館長は少ない。男女の数が同じにならないと。まだまだです。今後の目標は職員が気持ちよく働けるよう改善を積み重ねること。幸せに仕事ができる場所でなければ、来る人を楽しませることはできないですから」。

<編集後記>長野まで足を運ぶ価値ある、素晴らしい美術館でした! 笠原さんは、職員にも私たちにも「館長と呼ばず、名前で呼んで」とおっしゃる気さくな方。帯状疱疹の後遺症で服も羽織れないほどの痛みがあり、善光寺さんの「びんずるさん」に早く治りますようにと祈ってから出勤しているそう。建物も展示もすばらしく、屋外展示や触れるアートもあり、見どころ満載。ゆっくり訪れたい美術館でした。(ライター 秋元恵美)

撮影/吉澤健太 取材/秋元恵美 ※情報は2026年1月号掲載時のものです。

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