小説家になるなんて、無理。夢のまた夢、と努力もせずに諦める人が多いなか、他の仕事を持ちながら、地道に書き続け、夢への切符を手にした同世代の女性たちがいます。彼女らの姿を見ていると、自分の夢だって頑張れば叶うのかも、と思えてくるのです。
桜木紫乃さん 60歳・北海道在住
書くことが好きで嫌なことも力に変え
揺るがず書き続ける私の挑戦
揺るがず書き続ける私の挑戦
私が作家になれるとは思っていませんでした――そう語る桜木さんは、長く専業主婦として家庭を支えてきました。ただ、書くこと自体は昔から好きだったといいます。小学生の頃には友人の読書感想文まで書いていたほど。それでも「小説を書きたい」という気持ちだけは、ずっと心の奥にあり続けていました。
原点は14歳の時に出合った、釧路を舞台にした一冊の小説。物語の世界に入り込む楽しさを知り、道ですれ違う人さえ登場人物のように感じられたといいます。現実が少しだけ輝いて見え、「小説ってなんて素敵なんだろう」と強く心を動かされました。
しかし、実際に書き始めるまでは時間がかかりました。本格的に筆を執ったのは32歳、第二子の出産後のこと。花村萬月さんの「とりあえず10年書いてみよう」という言葉に背中を押され、「この子が10歳になるまでに、私も自分の人生をしっかり歩んでいよう。それが文章を書く人だったらいいな」と思ったのがきっかけでした。
こうして、日常の延長線上で書く生活が始まります。その努力が実を結び、36歳で新人賞を受賞。しかし、そこからすぐにプロになれたわけではありませんでした。賞を取った後、プロともアマチュアとも名乗れない不安定な期間が約6年続き、辞めることも戻ることもできず、「精神的に最も苦しい時期だった」と振り返ります。それでも踏ん張れた理由は、2人の子どもの存在でした。「〝作家になりたかったお母さん〟で終わるわけにはいかない。その思いだけは揺るぎませんでした」。
家事や育児は専業主婦時代と変わらずこなし、家族が寝静まってから原稿に向かう日々。後にも先にも、これ以上の苦労はなかったといいます。
42歳、書き始めて10年目にして単行本デビュー。締切をもらえたこと、重版という言葉が心の支えになりました。そして48歳で直木賞を受賞します。
長い専業主婦の経験は、小説を書くうえで大きな財産になっています。妻として、母として、娘として経験してきた違和感や疑問。「なぜこんなことを言われなければならないのか」と感じた身近な親族との関係も、書くことで少しずつ答え合わせができたといいます。書くということは、誰かを悪者にするためではなく、理解するための行為でした。
撮影/吉澤健太 取材/小出真梨子 撮影協力/江別 蔦屋書店 ※情報は2026年3月号掲載時のものです。















