「心配しないで。世界の果てにいても気づくから」── 。
“愛情”というコントロールしがたい感情に、胸が張り裂けそうになる。様々な“家族”のあり方について、想いがあふれてしまう。
実話に基づく、ある家族の愛と葛藤の物語。

生後18か月のシモンを里親として迎えたアンナと夫ドリス。実の息子アドリとジュールとともに“5人家族”の幸せな4年半が過ぎようとしていたある日、シモンの実父から「息子を引き取りたい」との申し出が。彼らが選んだ未来とは ── 。
“末っ子”シモンがこの家族からどれほど愛情たっぷりに育てられたきたかは一目瞭然、仲睦まじい家族の姿は見ていてまぶしいほど。
制度やルール、大人の都合や感情よりも、いちばん大切なのはこどもの気持ち。それなのに、シモンの心は置き去りで、児童社会援助局の対応はあまりにもお役所的ではないか。里親への感謝もなく、実父は身勝手すぎやしないか。心身ともに安心な安全基地からシモンを引き離すことは、まだ感情や思考が未発達な彼を混乱させ、トラウマにだってなりかねないんじゃないか。
どうしたって“母親”アンナに感情移入してしまう私は、何度もそう思ってしまった。
だけど「里親」は一時的にこどもを預かって養育する立場であって、親権者は実親のまま、つまり「養子縁組」とはまったく違う制度。そこを混同してしまい、さらには自分の主観的感情を混同してしまうと、どうしても偏った見方になってしまうわけで。
この実父は決して悪い人ではない。シモンの生後間もなく妻を亡くし、打ちのめされた彼は混乱し、シモンを福祉に預けるしかなかったのだろう。恵まれたアンナの家庭に比べたら、経済的にも余裕はなさそうだ。それでも毎月のシモンとの面会を楽しみに、そしていつかまた一緒に暮らせる日を夢見て、彼なりに頑張ってきたのだろう。でも親としての経験がない彼にはシモンとの親子関係構築への焦りがあるし、シモンが絶対的な信頼を寄せている里親への複雑な嫉妬のような感情だってあるのだろう。
いちばん愛情を必要とする乳幼児期に、シモンに無償の愛を注いだアンナは本当に素晴らしい。
けれど子育てのゴールはこどもの自立であって、そこへ向かうための愛着形成であり基本的信頼感の獲得であり。母子密着期はいずれ過ぎ、こどもは思春期を迎え、どんどん成長し自分の人生を生きていく。
どうかそのときに、家族で過ごした時間が、愛し愛されたぬくもりが、この子の人生をあたため続けてくれますように。そう祈らずにはいられない。
シモンはふたつの家族から愛された。どちらの愛も不器用で、幼いシモンを振り回してしまったかもしれない。
シモンとアンナの姿を思い返すだけで涙があふれてしまうけれど、でもやっぱり人生の宝物のような素晴らしい時間だったことには違いないはず。
原題は「本物の家族(La vraie famille)」、少年期に家族で里子を迎えた監督自身の経験がもとになっています。そのとき監督の母親がソーシャルワーカーから受けた唯一のアドバイスが、「この子を愛しなさい、でも愛し過ぎないように」という言葉。
映画と同じく生後18か月から6歳まで一緒に過ごした里子との別れは家族全員に影響を与え、その後は里子を受け入れることはなかったそうです。
里親制度が進んでいるフランスでも改善すべき点は数多くあるという現実。日本ではまだまだ普及しておらず、偏見もあったり、そもそも制度自体が知られていないのが現状です。行政だけでなく、私たち一人ひとりの意識を変えていくことがまずは必要なのかもしれません。
文部科学省選定(青年、成人、家庭向き)作品にも選ばれた本作。日本での児童福祉支援について考える一助になればと思います。こどもと関わる全ての人はもちろん、とにかく一人でも多くの人に観てほしい!と願う作品です。
『1640日の家族』
(2021年/フランス/102分)
7/29(金)~ TOHOシネマズ シャンテ ほか全国順次公開!