40代になると、心の揺らぎとともに、将来に対してさまざまなモヤモヤが襲ってくる――。今回は、まさにこれから40を迎える女性に将来のイメージを聞きました。コロナ禍を経た人間関係、夫婦のあり方、信じたいこと、信じられないこと、それでも続けていきたいこと……金原ひとみさんの言葉からは、普段、私たちが当たり前だと思っていたことを、もう一度、見直したくなるようなメッセージが伝わってきます。
小説家。1983年、東京都出身。 『蛇にピアス』で2003年第27 回すばる文学賞、2004年同作で第130回芥川賞受賞。2021年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞受賞。近著に『ミーツ・ザ・ワールド』、『デクリネゾン』。2児の母。
フランスで知り合った友人の話なのですが、
彼女は夫婦関係にずっと悩んでいて、いろいろと相談を受けていました。「そんな男とは別れたほうがいい」と私はずっと言っていましたが、子どももいるし、専業主婦だったため、彼女は熟年離婚でいいやと諦めていました。
でも、コロナ禍をきっかけに彼女は子供たちを連れて帰国して、最近離婚したんです。
最初は実家に身を寄せたのですが、親と折り合いが悪かったので子供と三人暮らしを始め、仕事も始めました。これまで築いてきたものを全て捨て、スクラップアンドビルドしていくその姿に、ずっと我慢し続けていたのを見ていたからこそ、私の方が救われる思いがしました。
どこかで、彼女はずっとあのぬるい地獄の中で生きていくのだろうと私も思っていたんです。あの硬い殻を破って外に出てきたことに、驚きと喜びと、人はいざとなればここまでの生命力を発揮するのだと、希望も感じました。
なんとなく明日も同じような毎日が続いていくような気がしていますが、そんなことはなくて、すべての人にとっての「これから」が不確実で、自分自身も、世界も流動的であって、その自分と世界との化学反応でまた「これから」が劇的に変化するかもしれない。
コロナはまさにその世界の流動性を思い出させてくれました。友達との約束や会食一つもどうなるかわからず、キャンセルになったり、かと思ったら感染者数が減って緩んできたり。
私はライブが好きでよく行くんですが、コロナですべてがキャンセルや延期になった時は、見える景色が変わりました。ライブのない日常は、3Dが2Dになったかのような味気なさで、檻に閉じ込められているかのような精神的な閉塞感がずっとありました。私にとっては、小説を書くこともそうなんですが、ライブは現実の自分から少しはみ出す瞬間なんです。そして自分からはみ出した瞬間にだけ、息ができる。だから、規制がありつつも少しずつライブが開催されるようになっていった時は、やっとこの苦しさから解放される、と思いました。
明日もわからないのに、10年後はイメージできないし、今のままであるとは全く思いません。
住むところは、どうでしょう。フランスに戻るか……?
その選択肢も捨てずにはいますし、先ほど話に出た友人も子供たちが巣立ったらフランスに戻ろうかなと話していました。海外移住というのは、海外に住むということ自体ももちろん大きいですが、自分の意志で住む国を選べるのだという解放感、コントロール感覚の獲得にこそ意味があるのかもしれません。だから、フランスやどこか別の国に行くかもしれないし、行かないかもしれない、という浮遊する感覚を捨てないでいたいと思っています。
撮影/吉澤健太 取材/竹永久美子