鍛え上げた体力や練習を重ねて培われた技術を駆使して、競技に臨む女性アスリートたち。ちょっと前までは根性論がまかり通り、女性の体についても非科学的な認識しかなかった――そんな場所で活動している選手たちをサポートする方々を取材してきました。
内野美恵さん(55歳・埼玉県在住)
東京家政大学准教授・公認スポーツ栄養士
選手たちが自ら語ったパラスポーツと
出合えた喜び。手助けしたいのは
成績ではなく、選手寿命を長くすること
出合えた喜び。手助けしたいのは
成績ではなく、選手寿命を長くすること
20年以上「スポーツ栄養士」として、食事や栄養面からパラアスリートのパフォーマンスを支える内野美恵さん。「偶然見つけたパラアスリート専門誌に掲載されていた車いす陸上選手のエネルギッシュなカッコよさに衝撃を受け、“車いす陸上チームのボランティア募集”の広告に飛びつきました。『選手たちの成績がアップするならば』と管理栄養士として迎え入れてもらえることになったんです」。
当時はパラアスリートに必要な栄養量などに関する文献が全くない状態に戸惑った内野さん。
「練習中に『汗をかいた分の水分を補給して』と促したら『汗はかかない、かけないんです』と言われ驚きました。パラアスリートは、障がいによっては体を動かしても汗がかけなかったり、可動できる身体領域が少ないことで消費エネルギーが少量なことも。平均や一般的という言葉や数値は通用せず、健常者のアスリートでは考えられない状況があるんです。改めて、現場では学んだ知識や常識が通じず、コミュニケーション力が重要なことに気づいたんです」。
信頼関係構築を目指し、選手たちと多くの時間を共有した内野さん。障がいのせいで選択肢が制限されてしまう状況下で、パラスポーツと出合えた喜びの声を数多く聞けたと言います。そして、食事による体のメンテナンスで、その喜びをできるだけ長く継続してもらいたいという気持ちが強くなっていったそう。
「私が栄養指導で注力することは『選手寿命を長くする手助け』。食事を適正にすることで、その可能性を広げられると考えています。車いすアスリートの土田和歌子選手は、出会ってから20年以上選手として活躍しています。まさにスポーツ栄養の理想を実現してくれた一人です」。
近年、パラアスリートへの注目度が高まると同時に、管理栄養士の需要も増加。多くの人材が必要となり、内野さんは後進育成に力を注ぐように。
「スポーツ栄養士として活動を始めた当初は男性コーチが圧倒的多数。現場の女性スタッフは1人、2人しかいないこともあり、女子選手の相談役も兼ねていました。合宿先では大部屋で選手と一緒に寝ることもあり、選手との距離がとても近かったように感じます。しかし、昨今では成果を求められるようになり環境が整備された分、選手たちのプレッシャーは以前より大きくなっていると思います。現在、東京家政大学で、女子学生に食育や栄養学の講義を行っています。彼女たちが栄養面だけでなく、サポートすべき誰かに寄り添い心と体のサポートすることで、共に喜びを分かち合うことができるような存在になってくれることを願っています」。
撮影/BOCO 取材/上原亜希子 ※情報は2023年3月号掲載時のものです。