この夏は久しぶりに満喫したい、我慢していた海外旅行。立ち止った日々を通して得た、自由の尊さを噛みしめて。
▼あわせて読みたい
「もうセックスすることはないのかな」。40代誰もが抱く不安に深く切り込む”筆剣”|大久保佳代子の書評
【短編小説】ルール破りなハワイ旅行
ロイヤル・ハワイアン・センターのブルガリを訪れるのは、ハワイに来て2日目にして、すでに3回目だった。なかなか決断できない、優柔不断な日本人の中年女性。そんな私を、浅黒い肌をした男性の店員さんが紳士にフレンドリーに、辛抱強く見守ってくれている。
――ほんとに、ほんとに、買っちゃっていいのかな。
パヴェダイヤモンドが光る『ビー・ゼロワン』の新作の指輪をあらゆる指にはめては外し、私は自問自答を繰り返す。思えば、1人分のフライトチケットを予約したときから、私はずっと悩んでいた。数日分の食事を冷蔵庫に入れて家を出る時も、入国審査のゲートを進む時も、飛行機に搭乗する時も。「ほんとに、ほんとにいいのかな?」と。
数年ぶりの海外旅行。それを、まさか息子と夫を置いて、単身で実現するとは夢にも思わなかった。
きっかけは、昔からファンだった某作家の書下ろし小説が発売されたことだった。どうせなら海辺のリゾートなんかで読めたらな、と何気なく呟いたら、「じゃあ、たまには1人で行ってきたら」という衝撃の回答が夫から返ってきた。それを独身の妹に伝えると、「なら私も行く」と、トントン拍子でハワイ旅行が決まってしまったのだ。
本当にいいのか。息子を置いて自由にハワイを楽しむなんて、本当にそんなことが許されるのか?
夢のような旅が楽しみでならない反面、不安や懸念、罪悪感がごちゃ混ぜになった感情が押し寄せ、いっそキャンセルした方が楽だとも思った。一体いつから、私はこんなに臆病になったのだろう。遠い昔、新卒でCAをしていた頃は、思い立ったら即日、空席のある飛行機に乗って好きに旅していたのに。
「この『ビー・ゼロワン』は、自信、大胆さ、そしてルールを破るスピリットを持って、デザインの進化を続けているんです」
英語力はかなり低下していたはずなのに、ふと口を開いた店員さんの言葉は、私の耳にすんなり届いた。
実は昔、社会人の初ボーナスで購入したのも、この『ビー・ゼロワン』のネックレスだった。「ゼロから1へと歩を進めましょう」というメッセージが心に響き、お守り代わりにずっと大事にしていた。
「買っちゃいなよ。お姉ちゃん、仕事も始めたし、貯金もたんまりあるでしょ? たっくんのやばい中学受験も終わったじゃん」
今年の初め、息子の卓也の中学受験が終わるまでは、我ながら良き母親に徹していた。妹の言う「やばい中学受験」は大袈裟でも笑い話でもなく、本当に「やばい」日々をよく乗り越えたと思う。
たしかに今、自分の中で凝り固まった「母親のルール」を破るにはちょうど良いタイミングかもしれない。この指輪は、きっとまた私のお守りになってくれる。
暮れどき、海の見えるホテルのバルコニーで息子と夫にLINE電話をした。躊躇いながら新品の指輪を見せると、「ママが嬉しそうで俺たちも嬉しいよ。」と、2人は本当に嬉しそうに笑ってくれた。私がいなくても、特に支障はないようだ。
――自信を持って、大胆に。ルールなんか……忘れよう。
そっと指輪を撫でながら、私は心に誓った。
ネックレス「ビー・ゼロワン ロック」〈PG×BLACK CER〉¥572.000ブレスレット〈PG×BLACK CER〉¥1.199.000リング〈PG×BLACK CER〉¥415.800(全てブルガリ/ブルガリ ジャパン)カットソー¥9.350(エイチ ビューティ&ユース)パンツ¥36.300(アストラット)共に(エイチ ビューティ&ユース)バッグ¥17.600(メイゾン・ベンガル/ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ 丸の内店)靴¥23.100(ユナイテッドアローズ/ユナイテッドアローズ 六本木ヒルズ店)
撮影/嶌原佑矢(UM)〈人物〉、西原秀岳(TENT)〈静物〉 モデル/SHIHO ヘア・メーク/平元敬一 スタイリスト/亀 恭子 取材/味澤彩子 デザイン/mambo西岡(ma-h gra)※表記はPG=ピンクゴールド、BLACK CER=ブラックセラミックを表します。 ※情報は2023年8月号掲載時のものです。