1,500g未満で小さく生まれた赤ちゃんのために健康でたくさん母乳が出るお母さんから一時的に「善意の母乳」をいただく「ドナーミルク」。小さな命を1つでも多く救うために、私たちが今できることって……?
蛯原友里さんの第一子の主治医だった水野克己先生が主宰する「母乳バンク協会」に訪問し、お話をお伺いしました。
蛯原友里さん(以下、敬称略)――先生の主宰される「母乳バンク」では、実際にどのような活動をされているのですか?
水野克己先生(以下、敬称略)――1,500g未満の低体重で生まれた赤ちゃんのお母さんが病気の治療中や自母乳が出にくい時のために、健康なお母さんから善意でいただいた母乳を、一時的に赤ちゃんにあげるシステムです。ドナーになっていただいたお母さんから母乳を冷凍発送していただき、協会で保管、低温殺菌処理をして、全国の病院のNICUからの要請に応じ、発送します。
蛯原――粉ミルクや液体ミルクも進化していると思いますが、「母乳」なのですか?
水野――小さく生まれた赤ちゃんは、内臓機能が未熟で、懐死性腸炎や重症感染症など生死に関わる重い病気にかかるリスクがあります。母乳には、赤ちゃんにとって必要な栄養素がバランスよく、消化しやすい形で含まれています。特に、様々な感染症、病気にかかるリスクが高い早産児において、母乳には赤ちゃんの生死にかかわる壊死性腸炎(腸の一部が壊死する病気)に罹患するリスクを、人工乳のおよそ1/3 に低下させる効果があることがわかっています。また、早産児がかかりやすい未熟児網膜症や慢性肺疾患などの予防に役立つ物質が含まれていたり、長期的な神経発達予後を改善する効果についてのエビデンスも出てきています。しかし、全ての母親が、出産直後から充分な母乳が出るわけではなく、早産となった場合には、母親が必要量の母乳を与えられないこともあります。そのような際に、ドナーミルクを提供することで、上記のような疾患の罹患率と重症度を低下させ、長期的予後の改善を図ることができます。
蛯原――安全面についても気になります。
水野――一番、心配されるのは安全面だと思うのですが、ドナーになられるお母さんには、血液検査でHIV1/2、HTLV-1、B型C型肝炎、梅毒の陰性であるかなど、輸血と同基準で厳格に審査させていただいています。また、病歴や喫煙、薬の服用の有無などについても細かく面談します。届いた母乳は、しっかりと細菌検査や低温殺菌処理をし、高い清浄度を保つようにしています。2002年にWHO(世界保健機構)に「母親の母乳が得られない場合は、ドナーミルクが第一選択である」と推奨されたことをきっかけに、今では世界60カ国以上で750カ所を超える母乳バンクが開設されています。
蛯原――小さな赤ちゃんの命が救われるんですね。
水野――はい。どうしても小さく赤ちゃんを産んでしまった、と自分を責めてしまうお母さんがいます。そんな時、ドナーミルクに助けられて元気に育っていかれた赤ちゃんが何人もいます。実際に、妊娠中に末期の癌が見つかり、24週ギリギリで帝王切開で出産したお母さんがいらっしゃいました。出産時の赤ちゃんは600g。産後、お母さんは残念ながら亡くなってしまいましたが、お父さんの希望でドナーミルクを使用されて、今はとても元気に成長されています。
蛯原――母乳を提供できない私にも何かご協力できることはありませんか?
水野――低温殺菌処理機が1台しかないので、より一人でも多くの赤ちゃんに安定供給できるようクラウドファンディングを始めたばかりです。また、ドナーミルクは緊急で必要とされる場合が多いですが、もちろんご両親の同意が必要です。その際、ドナーミルクに対して迷いがある方がほとんどなのが現状です。「ドナーミルク=安全」ということを事前に知識として持っておいていただけるよう認知度を上げるのが課題です。
蛯原――これからお父さん、お母さんになる子どもたち世代にも伝えていきたいですね。小さな赤ちゃんの命を社会全体で守っていけるような世の中になっていくのが理想ですね。
「それまでに出会ったことがないほど、明るく逞しい、太陽のようなお母さん」水野先生
水野――蛯原さんは、8年前の出産時から明るくカラッとしていて、太陽のように燦々と家族を照らすお母さん。いつも元気で前向きな印象がありました。産後もアクティブに仕事復帰されていて、心と身体の逞しさを感じます。今、多くの現代女性に運動習慣、食生活、睡眠時間の乏しさを感じます。仕事と子育ての両立は本当に大変です。でもそれが楽しいと思えるようになるためには、社会の進化や周りのサポートがすごく大事になってきます。
蛯原――もちろん、初めての子育てでは迷いだらけでした。でも先生がやさしく親身になってくださったことが本当に支えになりました。あと、悩んだり凹んでしまうことがあったらすぐ夫や妹、両親や友人など周りの人に相談していました。話しているうちにスッキリしてきて……。実家の宮崎では祖父母も弟も一緒に住んでいたので大家族。みんなでワイワイ長屋のように生活していたので、東京でも周りの人を巻き込んで子育てと仕事の両立を何とかやりくりしています。
「抱きしめる会話」で子どもと向き合って
蛯原――STORY読者さんには思春期のお子さんを持つお母さんが多く、心も身体も不安定な時期のお子さんのケアにご苦労されているという話をよく伺います。
水野――「抱きしめる会話」をご存じですか? これから出産されるお母さんたちに向けてよく話すのですが「子育て四訓」というものがあります。「乳幼児はしっかり肌を離すな」「幼児は肌を離せ、手を離すな」「少年は手を離せ、目を離すな」「青年は目を離せ、心を離すな」。こんなふうにお母さんと子どもはいくつになっても繫がっていてほしい。
蛯原――第一子出産後、そのお話を先生に伺って、今も毎日、ハグしています。ぎゅーって抱きしめると、不思議と自分も充電されるんです。
水野――小さい頃に親子の絆がしっかりと刻まれていれば、成長し、挫折があっても乗り越えられる力が備わっていると言われています。「親子」という木の根っこが太くなることで、風が吹いても雨が降ってもちょっとやそっとじゃ折れないんです。子どもが赤ちゃんであっても小学校高学年であっても、変わらずに何かあったら抱きしめてあげてほしい。その時々のステージの抱きしめ方がある。それが心の強さに繫がると思います。
■一般社団法人 日本母乳バンク協会概要
https://jhmba.or.jp/
■クラウドファンディングサイト
https://camp-fire.jp/projects/657949/activities
■日本橋 母乳バンク紹介動画
ロングver. https://youtu.be/zsu9eba6pEY
ショートver. https://youtu.be/u5Sq8yp67RA
ブラウス¥59,400 (オスロウ/フィルム)パンツ¥53,900(ピーティートリノウーマン/トレメッツォ)その他/私物
撮影/須藤敬一 ヘア・メーク/森 ユキオ(ROI) スタイリスト/三好 彩 取材/石川 恵