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【実録】現夫の子を妊娠して、ようやく離婚成立。再婚は大嫌いな家事が楽しくなるほど人生を変えて…

男気と包容力に惚れ込んだ夫は家事と育児に手を抜くことを許さない人。大の苦手だった家事をこんなに好きになる日が来るなんて……。好きな人と好きなことを楽しむ暮らしなら無理に時代に合わせなくたっていい。幸せのカタチは、人それぞれ。

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目次 ★ あなた色に染められて…


あなた色に染められて…

◯ 話してくれたのは...仲山里依紗さん(仮名)

埼玉県生まれ。短大卒業後音楽事業の会社に就職。26歳で結婚、30歳で離婚。31歳で再婚と同時に退社。同年に長女、翌年長男を出産。現在はフリーディレクターとしてTV局で活躍中。
夫 静岡県生まれ。大学卒業後音楽事業の会社に就職し現在に至る。32歳で結婚。とにかく飲んべえで、コロナ前までは週2回は飲み歩き、酩酊していたとか。

短大卒業後、当時360倍の倍率を経て音楽エンターテインメント会社に入社しました。最初は事務がメインでしたが、いつか現場ディレクターになる夢を抱いていました

自分で言うのもなんですが、今より12キロ痩せていて最大のモテ期に。私とランチをするには1カ月待ちで、いつも行列ができていたほどでした。リピーターが3人いて、そのうちの1人がフリーディレクターの元夫。外見は私好みの韓国系のすっきりした顔立ちに中肉中背。何よりも優しい人で、私にゾッコンでした。3年間交際して、26歳で結婚。今思うとおままごとのような結婚生活でしたが、幸せでした。

結婚後は夢が叶って、事務から現場ADの仕事に移り、私は家庭より仕事優先の生活に。夫も、「家事はしなくていいよ。仕事頑張って」とか、「リイサちゃんがますますキレイでいるためには彼をつくってもいいんだよ」とまで言われていました。その真意は嫌味でも何でもなく、今考えても本当にそう思っていた人。私と言えば、元来お転婆娘で、社交的で、家事なんて大嫌いなタイプ。だから炊飯器に入れっぱなしでご飯を腐らせたり、洗濯物を何週間も取り入れず雨でずぶ濡れにしたり、カレーを腐らせたこともありました。それでも夫は何も言わなかったんですよ。私はすっかり図に乗っていました

夫は夫で人生設計もなく、その日暮らしできちんと感が全くない人。稼ぎのない月もよくありました。私の両親も、「あんなやつで大丈夫なのか」とものすごく心配していました。

やがて30歳になった頃、生理が遅れ、妊娠したかな? と思ったとき、自分のことはさておいて、経済的にも性格的にも夫は子どもの親になるのは無理だなと直感的に思ったんです。ふわふわと生きていて、相変わらず経済力も将来性も全く見いだせないダメンズでした。結局、妊娠は勘違いでしたが、私自身が経済力も得て、別れるなら本当に妊娠する前の今だと思いました。それで離婚を言い出すと、「別れるなんて嫌だ」とワーワー泣いて、断固拒否

そんなとき、現場でサウンドクリエイターの今の夫と出会ったのです。彼は現場では超厳しい人。スタッフにも半端ない厳しさです。でも時折見せる優しい笑顔に人の好さが溢れ出ていて、寡黙だけど真面目で思いやりのある人でした。彼は会社員だったので経済的にも安定している人。私は次第に惹かれていきました。彼も私に興味を抱いてくれていることは感じましたが、当時は7年越しの彼女がいました。でも元来、破天荒な私。もう前夫とやり直す気持ちは残ってないし、絶対振り向いてもらいたい、この人しかいないと思って、作戦開始

実は私は計算リイサちゃん。これまでも、欲しいものがあれば、計画的に物にしてきました。例えば、共通の後輩と飲みに行って、途中で彼を呼んで、後輩には帰ってもらって2人になったり……。彼にも前夫といずれ離婚したいことを正直に伝え、お互い一線を越えてはいけないと感じていたけれど、実直な彼は彼女と別れ、交際がはじまっていました。その間、別れ話を何度となく前夫にしたのですが取り合ってもらえません。それで家を出て、トイレ共有の古いアパートに住んでいた彼の近くの新築マンションに引っ越したんです。そうすれば転がり込んでくるだろうという思惑は当たり、半同棲になり、そうこうしているうちに、今の夫の子どもを妊娠。これで前夫と別れられると思いました。

今の夫と一緒にいられるだけで幸せで、もう怖いものなんて何もなかった。もめることを覚悟で前夫に妊娠を告げました。するとゲーゲー泣いて、「僕の何がいけない?」と言いながらも、離婚に応じてくれたのです。周囲に不思議がられるのは、慰謝料も何も求められず、しかも私のことが本当に好きだったとまで言ってくれたこと。ふわふわしてはいたけれど、本当にいい人でした。罪悪感はなかったと言うと噓になるけれど、今の夫との再婚に一歩近づけたことの方が嬉しかったですね。

夫に離婚できたことを伝えるとものすごく喜んで、その半年後に籍を入れました。私31歳、夫32歳でした。

ところが、結婚してすぐに、夫から「子どもも生まれるし、専業主婦になってほしい」、さらに「家事を完璧に。料理も手を抜くな」と言われ、20年前とはいえ、超が付く亭主関白ぶりに驚きました。家事の苦手な私。もちろん「えー!!」と叫びましたが、夫と一緒にいられることが最高の幸せだと実感していたので、夫の望むことをしたい、亭主関白夫のできる妻になろう、女優になればいいんだとすっぱりと大好きだった仕事を辞めたんです。

数カ月後に長女、翌年長男を出産し、子育てがはじまると、楽しくてしょうがなかった。あんなに嫌いだった家事も、家族のために気持ちよい家をつくろうと掃除もマメにし、料理番組を見て、夫が喜ぶご飯を作りました。徐々にそれが自分の楽しみにも変わっていったのです。もし、夫が「何もしなくていい」と言う人ならば、すぐに元の私に戻っていたはず。夫はそんな私をお見通しだったんでしょう。未だに家事には厳しく、そのお陰で私は一人前に家事ができる人になれたんだと思います。両親もお転婆だった娘から変貌した私を見て、夫にいつも感謝をしていました。

とはいえ、夫は厳しいがゆえ、思いどおりにいかないとキレるし、私にキレたら1週間以上、口をきかないことも最初のうちはあって、喧嘩もしたし、ボロボロ泣くこともよくありました。でも泣くと逆効果だということを次第に学習し、めちゃくちゃ腹が立ったら、トイレの壁に向かって、「ありえないよね」とぼやく。それだけで怒りが収まるんですよね。結婚して10年くらいはギャップも感じたし、環境の違いも如実に出たけど、他人同士だからしょうがない。そこを超えると、徐々にお互いを理解し合えるようになったなあと思います。

やがて長女が中学生になったとき、お話をいただいて、TV局の裏方で仕事復帰。家事の経験が役立ち、料理番組などの企画に携わるようになりました。たとえ仕事をはじめても、夫の厳しさは変わりません。必ず夕飯も作ります。夫の仕事柄、毎日家を出る時間が変わりますが、夫が起きる20分前には必ず起きて、和食の朝ごはんも用意します。夫は鍵を持って出かけないので、帰る前に家にいなければいけなくて、それも守っています。

夫は夫で、私の母が亡くなった後、認知症の実父との同居も気持ちよく受けてくれました。父親の認知症を少しでも進ませないために、自分も朝ごはんを作るから、お父さんも作ってくださいと促して、1年前に亡くなるまで、献身的に介護してくれました。病院、介護関係の手続きなども夫が全部やってくれたんです。

私は24時間365日幸せでいたいのです。今や子どもたちも自立し、その幸せとは夫と一緒にいること。私が幸せを感じるのは、同じように夫も幸せを感じてくれているのがわかるとき。そのためには、一生懸命努力したい。その努力することが私は嫌ではないのです。幸せをつかむ努力は簡単じゃない。でも身に付けてしまえば、できるんです。

数年前に2人揃って50代を迎えましたが、毎日「大好き」「愛してる」と言い合って、ハグもチューもします。今、結婚してることってあたりまえじゃない、いつもこんな私を選んでくれてありがとうと感謝の気持ちを忘れないようにしています。

取材/安田真里 イラスト/あずみ虫 ※情報は2022年掲載時のものです。

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