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ELT持田香織さん、デビューから休まず駆け抜けた日々…メンバー脱退、喉の不調、それぞれの転機をどう乗り越えたか

アーティスト持田香織さん(46)。高校生のときにアイドルグループを経験し、その後ELT(Every Little Thing)のボーカルとして数々のヒット曲をリリース。順風満帆に見えるアーティスト生活ですが、何度か転機があったと言います。曲と共に当時の想いを語っていただきました。

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INDEX ★ 当時は現場が楽しくて「休む」という選択肢がありませんでした
★ 「fragile」がヒットしたことで2人でもELTを継続できました
★ 喉を傷めて精神的に落ち込みましたが夫と出会って良い方向に向かうことができました
【持田香織さんprofile】 1978年3月24日生まれ、東京都出身。Every Little Thingのボーカリスト。メンバーは2000年に脱退した五十嵐充さんとギタリストの伊藤一朗さんの3人組で1996年8月にシングル「Feel My Heart」でデビュー。2015年に結婚し一児の母。現在はソロ活動と子育てに奮闘中。

当時は現場が楽しくて「休む」という選択肢がありませんでした

デビューしてから本当にずっと忙しく過ごしていました。当時は勢いで毎日を駆け抜けていた感じでした。今思い返せば、「休みます」と勇気を持つことも大切であったかなと思いますが、休むことを選びませんでした。休んで人気が落ちたらどうしようと思って頑張っていたというよりは、現場が楽しくて仕方なく、調子良く歌える時はやはり気分が良くて。喉を壊し、不調な時が続き躓いた時でさえ、成功イメージをポジティプに持ちすぎていて、続けていたらよくなるのではないか、やれるのではないだろうかと、とにかく突っ走っていました。少し立ち止まって違う角度から物事を考えていたら休むことの大切さに気づけたかもしれませんが、当時の私はやり続けることを選択しました。

今は子育てもあり、仕事はゆっくり自分のペースでやらせてもらっています。暮らしのなかで出来ることをやらせてもらえるのがとてもありがたく、心地よいです。無理をしないことがいかに大事かを学んでいます。がむしゃらに突き進んだからこそ、今、また改めて貴重に感じることができるのかもしれませんね。旅猿(日本テレビのバラエティ番組『東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい』)さんのお仕事も、何度か呼んでいただいておりますが、本当に毎回楽しませてもらっていて。昔から見ている方からすると、なんでこの人が?と思われているかもしれませんが、お声をいただけることに感謝して、出させてもらっております。もともと、私と岡村さんが2人とも独身のときに旅猿のプロデューサーさんが「持田さんと岡村さんは合うんじゃないか?」と冗談のような感じで私に声をかけてくれたと言っていました(笑)。そんなおふざけのようなことがきっかけで今も出させてもらっていて、本当にありがたい、最高の現場です(笑)。

「fragile」がヒットしたことで2人でもELTを継続できました

現在のELTの形になってから約23年。デビューしてから毎年4枚のペースでシングルを出し続けていました。1997年4枚目のシングル「For the morment」では砂漠のなかで撮影されました。物凄く暑くて、撮影が大変だったのを思い出しますがこの曲で初の1位を獲得したのは嬉しかったですね。8枚目のシングル「Time goes by」は初のバラード曲で多くの方々に聴いてもらえた曲。よしここから!という時に五十嵐さんが抜けることになりました。

脱退が決まった時はちょうどツアーが組まれていたので、私も一朗さんもこのままツアーをやるかやらないのかを選択することになりました。それでもやることを選んだ私たちは会場から時々、心ない言葉を受けながらも、たくさんの声援に支えられ、なんとか乗り切った思い出があります。ツアー最終日を終えたとき一朗さんと2人で握手をしたのですが、今思い返せば、あの握手で結束できたような気もします。経験が自信となりELTとして頑張っていこうという気持ちになれました。

実務的には今まで歌詞を書いてくれていた五十嵐さんがいなくなったことで、やるべきことが増えたわけですが、私も歌詞づくりに挑戦したり曲づくりに携わるようになりました。大変でしたが充実感はありました。「あいのり」の主題歌にもなった「fragile」はその頃に発売したのですが、ありがたいことにたくさんの方々に届き、今でも好きですとよく言ってもらえる曲となりました。この曲のヒットにより事務所からも世の中からもELTは2人でもやっていけるのかもしれないと思ってもらえたことで続けられました。ELTにとって転機でしたね。実際に私もあいのりを見ていたので、自分の当時の恋愛も重ねつつ書いた渾身の1曲でした。

喉を傷めて精神的に落ち込みましたが夫と出会って良い方向に向かうことができました

順調にシングルやアルバムも出し続けて、楽しく音楽活動をさせてもらっていましたが、声が出にくくなり、それでも酷使したことから、ひどく喉を痛めてしまう時期がありました。

曲でいうと27枚目のシングル「恋文」くらいでしょうか。曲を提供してもらう作家さんがいろいろと増えて、楽しかったのですがやはりそのつど歌い方を変えていたりしたことや、女性の体の変化などもあったように思います。今までできていたことができなくなったり、そしてまたできないことが続くと精神的にもダメージがあり、とにかく悪循環でした。練習ですらうまくいかない。身体と心、そして声というものは本当に繋がっているのだと思い知りました。制作にも携わって仕事の幅も増えたことで、自分の力量と実際にやれることのバランスが難しかったんだと思います。

その頃に今の夫と出会いますが、いろんなことがめきめきと快復していきました。歌うこと以外の自分の人生を考えることで無意識に背負ってた肩の荷を下ろすことができたのかもしれません。あとは生活のリズム、仕組みが変わりました。ほんのちょっとしたことで少しずつ良い方に変わっていくことってあって、不思議と今までの葛藤がするすると解けていくこともあるんですね。また歌うことが楽しいと思える日がきてくれたことに感謝しています。

撮影/平井敬治 ヘア・メーク/岡田知子 取材/小出真梨子 ※衣装は本人私物

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