そして謎に包まれた彼女たちにも時間は平等、歳をとる。港区女子たちは、一体どんな着地をしているのか。現在アラフォーとなっていると思しき元港区女子たちの過去と現在に迫る。
※この物語は実際の出来事を元にしたフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません
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火遊びの期待
鏡の中の自分に、ニッコリ微笑んでみる。
今夜は久しぶりに30分以上かけてメイクをして髪を巻いた。出産後は基本的に子ども中心の生活になり、外見に構うのが面倒になった。
化粧下地とキャップをかぶるくらいでも自宅のある麻布十番付近をうろつくのには十分だし、この歳で無理に毎日全身綺麗に決めるよりも、手を抜けるときは抜いてしまったほうが気持ちが楽なのだ。最近はアートメイクも施したのでそうみすぼらしくもないと思うし、カジュアルダウンした自分も嫌いじゃない。
「ママ、今日すっごいかわいー!」
「でしょ? ママお友達と遊んでくるから、いい子にしててね」
でも、やはり着飾るのは楽しい。一見清楚に見えるけれど、背中が大きく開いた水色のワンピース。アラフォーの肌見せは1パーツのみが正解と雑誌で読んだ。
娘たちも褒めてくれ、私はちょっとしたシンデレラ気分に浸る。家庭を抜け出した先に運命の王子様がいるなんて思わないが、淡い火遊びの期待が胸をかすめる。
「Thank you ma’am」
私は馴染みのフィリピン人のシッターに現金を渡し、娘たちにハグをして玄関を出た。
ルイ・ヴィトンが似合う若者
美香が指定したのは、白金にある住所非公開・紹介制の店だった。
一見ただの壁のような外観の建物の端っこにインターフォンがついていて、予約名を告げると真っ黒な服を着た店員が小さなドアを静かに開けてくれる。中に入ると、スマホ禁止の小さなマークが存在感を放っていた。
少し緊張しながら薄暗い店内を進み、一番奥の小部屋に入ると、美香がすでにシャンパングラス片手に楽しそうに声を上げて笑っている。
「きた! 朝美! 私の親友。ね、すっごい美人でしょ? こちら、ケンくんとマサトくん」
若いイケメン、なんて言葉にそう期待はしていなかったけれど、まだ20代後半という二人組の男の子はたしかに若く綺麗な顔をしていた。何よりも、つるんとした肌に目がいく。歳を重ねても肌の綺麗な女は周りにたくさんいるが、やはり全くちがう瑞々しさだ。もはや娘に近い幼さすら感じる。
「こんばんは〜。とりあえずどうぞ」
ルイ・ヴィトンのTシャツを着たマサトくんという男の子に慣れた所作でシャンパンを注がれ、私は少し気後れしてしまう。
ブランドロゴの入った服を好む男なんて気持ち悪いとずっと思っていたけれど、ちゃんと似合う人もいるのだと初めて知った。
絶対にタダでは帰らない「元港区女子」
30分も経つと、美香と同様、私もすっかり20代に戻ったようなハイテンションになっていた。せっかく遊びに来たなら、深いことは考えずにその場を楽しんでしまったほうがお得という教訓は、今も昔も身に染みついているようだ。
しかし美香はこんな男の子たちを一体どこで見つけてきたのか気になったが、少し前に興味本位でAIを使い方を学ぶ講座に申し込んでみたところ、その会社の代表であるケンくんと出会い、意気投合したという。
どこへ行っても絶対にタダでは帰らない。必ず何かしらのコネや人脈を掴んでモノにする美香の性質が昔と微塵も変わっていないことに感心する。麻布十番の商店街でぼんやりしている私とは大違いだ。
「朝美ちゃん、今日は何て言って家出てきたの? 子どもは大丈夫なの?」
「美香と飲むって言ったし、もう寝てると思う」
「普段何してるの? ゴハンとか行けたりする?」
「昼間は自由だし、夜もまあ事前に決めれば」
ルイ・ヴィトンのマサトくんは、あからさまな好奇心を私に向けてくる。渡された名刺にはいくつも事業が並んでいてよくわからないけれど、相方いわく「こいつはマジで天才、触れたもの何でも金に変わる」らしい。
たしかに若者らしい雰囲気はありながら、2人は落ち着いているし、知識と思慮深さは会話から伝わった。選ぶワインの質を見ても、経済的に相当余裕があるのだと思う。年季の入ったおじさんに引けを取らないスマートな振る舞いをする彼らに、素直に感動してしまう。
年上の女は“ラク”
「ワイン好きならさ、俺、赤坂でバーもやってるんだけど、いいの揃えてるから今度行こうよ。あ、来週1995年ボルドーの飲み比べのワイン会するけど来ない?」
しかしこれほど需要の高そうな独身の男の子が、なぜ40歳近い子持ちの女に興味を持つのだろう。どう考えても女に困らないだろうに、私たちと食事をして何が楽しいのだろうか。どうしても気になり口に出してしまった。
「年上のほうが好きだから。朝美ちゃんレベルはなかなかいないけど、最近は女の人って年上でも本当に綺麗だしさ。落ち着いてるし、話も合うし、若い子より全然ラクだし楽しいよ」
ラク、という言葉に一瞬むっとした気持ちになったけれど、そんな彼に昔の自分が重なった。そうだ。私だって同年代のかっこいい男の子より、落ち着きと包容力のある年上の男のほうがずっと居心地がいいと思っていた。
遊びたい盛りの時期に真正面から真面目な情熱を向けられても、熱量が合わず引いてしまう。彼らも同じような感覚なのだろう。独身の女の子にコミットして自由が制限されるのが面倒なのだ。その点、既婚の女は気楽に違いない。
「美香ちゃんとケンは代官山方面だから一緒に帰るって。俺は朝美ちゃん送っていく」
マサトくんはそう言って、じっと私を見つめた。
取材/山本理沙 イラスト/黒猫まな子