そして謎に包まれた彼女たちにも時間は平等、歳をとる。港区女子たちは、一体どんな着地をしているのか。現在アラフォーとなっていると思しき元港区女子たちの過去と現在に迫る。
※この物語は実際の出来事を元にしたフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません
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最高のスペックでも、昔なら避けた男
私は満更でもない気分で自宅マンションのエレベーターに乗り込んだ。
少し迷ったけれど、もう深夜0時をとっくに過ぎたエントランスに人はほとんどおらず、マサトくんには堂々とマンションの車寄せでタクシーを降ろしてもらった。
酔いが回っているのか、鼻歌を歌いたくなってしまう。年下の男の子なんてまったく興味はなかったけれど、あんなにカッコよくて成功している男の子に言い寄られるのは単純に気分がいい。タクシーの中でさりげなく握られた手の感触、暗がりでじっと見つめられた視線に滲む欲望。
『来週、ワイン会で会おうね!』
早速マサトくんから届いたLINEに、思わず口元が緩んでしまった。
そういえば彼は、結婚を意識するようになってから避けていた人種だ。スペックは最高で魅力的でも、女に対して本気度は低く、自分と仕事が一番の男。だがそんな人種と絡むならば、今の私はおそらくぴったりなのだ。
『楽しみにしてる』
家族が寝静まった部屋に入ると、私はソファに足を投げ出し、1人ご機嫌で返信をした。
夫の小言
「一体いつまで寝てるんだよ。いい加減にしてくれよ」
ふと目が覚めると、不機嫌をあらわにした夫の顔が視界に浮かんだ。昨晩はマサトくんの顔をずっと眺めていたせいか、5歳年上の彼がやたらおじさんに見える。昔はそこそこ爽やかな好青年だったのに、時間は残酷だ。
「もう10時だぞ? こんな時間まで寝てる母親いないだろ」
頭が痛い。ワインを飲みすぎたせいだ。からからに乾いた喉を潤すべく身体を引きずりダイニングに向かうと、娘2人は勝手に朝ごはんも済ませたようで、楽しそうにディズニーランドのYoutubeを観ている。
「何時に帰ってきたんだよ、昨日」
わざと無視をしているのに、夫はわざわざ私のあとについてきて水を差し出す。
「0時くらいかな」
「いや、もっと遅かった。何してんだよ、そんな時間まで」
「美香としゃべってたんだってば。うるさいなあ。あの子たちは寝てたし、別に何時に帰ろうがパパに関係ないでしょー?」
鬱陶しさに思わず本音が出てしまうと、夫は「はあ?」とさらに顔を歪めた。
「あのさ、そもそも朝美は遊びすぎなんだよ。毎日毎日ランチだのアフタヌーンティーだのエステだの。働いてるって言っても生活費を払うわけでもなく、自分の小遣いの足しにしてるだけだろ。ふつう母親って、自分の楽しみより家族の楽しみのほうが大切なものなんじゃないの。朝美はいつまでたっても自分ばっかり。お前を見てると、真面目に働いて1人で家族を養ってるのが情けなくなるよ」
思いっきり溜息を吐いてやりたいのを堪えて、私は静かにコップの水を飲み干す。
「女子大生」みたいな妻
結婚前、誠実で頼りになり、何より私の言うことを「はいはい」と何でも聞いてくれる彼を「この人ならば」と夫に選んだ。実際に人一倍家族思いなのはいいが、しかし私にまで口うるさい父親のようになったのは計算外だった。
夫のほうが私に惚れ、だから結婚してやり、可愛い娘を命懸けで2人も産んであげた。でも元来楽しいことが大好きな私は、結婚前から何も変わっていない。なのに、なぜ今さら責められる筋合いがあるのか。
「俺は娘が3人いる気分だよ。お前が一番手のかかる反抗期の女子大生だよ」
夫は嫌味のつもりで言ったのだろうが、しかし私は何だかおかしくなってしまった。たしかに少し負に落ちる。彼がそう言うなら、もう開き直って女子大生気分でいればいいではないか。
「ねーねー、ファンタジースプリングスに行きたいの? バケーションパッケージっていうのを予約すれば、エルサのホテルに泊まって乗り物も乗り放題なんだって。ママと一緒に見てくれないー?」
夫越しに娘たちに声をかけると、2人は一目散に飛んできて、私の両脇を固めた。
「エルサのホテル! 絶対泊まりたい!!」
3人でうきうきとオプションを選び、複雑な予約画面を進んでいくと、合計40万円ほどの金額が表示された。
私はおもむろに夫のクレジットカードの番号を入力する。
彼の言う通り、一生反抗期の女子大生のように生きてやろう。私はiPadを睨みつけながらそう誓った。
▼次回は朝美の親友「由利」の港区生活に迫ります
取材/山本理沙 イラスト/黒猫まな子