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Lifestyle中学受験小説「トロフィー・キッズ」

友人から「夫の浮気相手がわかった」と電話が入り…【中学受験小説連載】

【前回まで】美典は、ママ友ランチで「上の娘が、本命の中学に合格し入学したものの、学校に合わずに公立に転校した」という話を聞き、“人生って計画どおりにいかないもの”と改めて胸に刻む。一方、玲子は息子・真翔が優秀な生徒が集まる塾の中で慶應の志望校模試判定が56.9という結果に、久しぶりに嬉しいドキドキを味わうが……。

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目次 ★ 【第十二話】 小5・1月

【第十二話】 小5・1月

祝い箸で摑んだくわいを、沙優はまじまじと眺める。

「じゃあ、これは?」
「くわいは、芽が出るように」
「ダジャレみたいで面白い」
「言葉遊びや語呂合わせ、見た目からこじつけたりして、昔の人は祈りを込めたんだって。昆布巻きは『よろこんぶ』でしょう。黒豆は、『まめに働けますように』。数の子は卵がいっぱいだから子孫繁栄」

美典の説明を聞いて、沙優だけではなく、そばにいた義妹の風花も感心した表情で頷く。

「美典さん、詳しいんだね」
「沙優に教えられるように、ネットで調べたのよ。中学受験では教養を問うような問題も出題されるから、お節料理の話をしてあげてくださいって塾の保護者会で先生に言われたの」

へえ、と風花は目を丸くする。柴犬みたいな顔をした洸平と切れ長の目の風花は、あまり似ていない兄妹なのだが、こういう驚いた時の表情というか仕草が似ていると思う。

「そうだ、沙優ちゃんって中学受験するんだもんね。大変でしょう」

風花に言われて、うーんどうかな、と沙優はニヤニヤしながら首を傾げる。

「大変だけど、けっこう楽しいよ」
「まじで? あたしは塾が嫌で嫌で…… というか、勉強が苦手だったからな」
「風ちゃん、そうなんだ」

まるで友達みたいに叔母に言って、沙優は笑う。洸平と五歳離れている風花は、沙優にしてみれば叔母というよりも、年の離れたお姉さんという位置付けなのだろう。

「ほんと、お前は全然勉強しなかったよな」

洸平が横から口を挟む。

「他人のこと言えんの?」
「お前よりはやったよ」

そんな言い合いをしている二人は、ともに中学受験の経験者だ。洸平は中堅どころの男子校に、風花はこの世田谷の実家の二駅先にある女子大附属の女子校に入ってエスカレーターで大学を卒業している。

「沙優ちゃん、お兄ちゃんも美典さんも理系だから、沙優ちゃんも算数や理科が得意なんだろうね」

風花に訊かれて、沙優は大きく首を横に振る。

「算数は全然ダメー。理科はまあまあ。国語が好き!」
「算数、少しずつ伸びてきているじゃない」

美典は言った。苦戦しているのは知っているが、苦手意識を持ってほしくない。それに実際に少しずつだが上がっている。母親にそう言われ、沙優ははにかんだ。

「レビューテストっていうのがあって、それではじめて55を採れたの。全然たいしたことないんだけど、自己ベストなんだよね」

すごいすごい、と風花が大袈裟なくらいに褒めてくれると、ますます沙優は照れくさそうな顔をした。長時間の冬季講習で疲れているようだったから、今日がいい気分転換になるだろう。世田谷に越してきたのに、美典のパートや沙優の塾でなかなか訪問できていなかったので、義実家でのひと時に美典も癒される。

「あっ、お義母さん、すみません」

義母の節子が新しくお燗してくれた徳利を持ってきてくれたので、美典は立ち上がってそれを受け取る。

元旦だからとみんなで昼から飲みはじめ、義父の正雄は早々に隣の和室で寝てしまった。二時間ほどしたら復活するのがお決まりだ。節子はお酒が強く、淡々と飲み続けて、美典たちが帰る頃にもしゃんとしている。今年で七十五になるが、少しも衰えを感じさせない。

「洸平も、小学生の頃は国語が得意だったわよ。いつのまにか変わったんだね、高校の時に理系に進むっていうから驚いたもの」

食卓の定位置の椅子に座り、節子は言った。

「そうなんですか」

美典は節子のお猪口に徳利の酒を注いで訊く。

「ずっと野球ばかりしていて、勉強は大丈夫なのかしらと心配していたけど、高三の最後に本気になって、東京理科大に入ったんだから。洸平は要領がいいんだろうね」

それを聞いて、悪かったわね、要領が悪くて、と風花は顔をしかめてみせるが、冗談めいたものだ。風花にしても、文武両道の洸平は自慢の兄なのだから。

「第一志望の東工大はダメだったけどな」

謙遜なのか、洸平はそう言って海老を口に入れた。

「いいじゃない。東京理科大、わたしは受けたかったけど、受けられなかったんだから」
「どうして受けなかったの?」

風花は美典に訊いたが、ほら、と節子が割って入る。

「美典ちゃんのお父さま、受験の前に脳梗塞で倒れて急逝されたのよね」

ええ、と美典は頷いた。

「父が亡くなって、家の経済状況を考えたら国公立しか無理だなと思って…… でも、結局落ちちゃったんですよね。母は口では悔いのないようにしなさいって言ってくれたけど……とても私立に進学したいとか、浪人させてほしいって言えなくて。私立なら、東京理科大の工学部を受けたいと思っていたのよ」

最後のところは洸平に向かって言う。

「もしお義父さんがご健在だったら、俺の後輩だったかもな」

洸平にそう言われ、美典は曖昧に笑っておく。

「美典さん、苦労人なのね。それに比べてお兄ちゃんなんて、運良く受かって呑気な大学生していたんだ」
「呑気じゃねえよ。毎日実験で忙しかったわ」

この家に流れる鷹揚さが、美典は好きだ。それは、はじめて洸平に出会った時に感じた育ちの良さ、そのものだった。自分が風花の言うような苦労人だとはまったく思っていないが、家の経済状況を考えることもなく、野球に勉強にまっすぐに取り組んできた洸平を羨ましいとは思う。

この人と結婚すれば、自分も同じ属性の人間になれるのだとも考えていた。打算的だったのかもしれないが、当時の美典にしてみれば、その打算こそ純粋な欲求だった。

ほろ酔いでそんなことを思い返していたら、カーゴパンツのポケットのスマホが連続的に震えた。取り出して画面を見ると、玲子からだ。ちょっとすみません、と小さく言って美典は立ち上がり、廊下に出た。

「もしもし。あけましておめでとう」
「ああ、美典さん! あけましておめでとう! ごめんね、正月早々。もしかして旦那さまのご実家とか?」
「うん、そうだけど」
「そうよね。ごめんなさい、そんな時に…… やっぱり改めるわ」
「ちょっと、何? 気になるから。どうしたの?」

玲子の声音から、込み入った話なのだと想像がつく。美典は玄関の上がり框の端っこに置いていた自分のコートを片手で羽織り、外に出た。

「前に話したでしょう、夫が噓をついて新宿御苑に行っていたって」
「ああ、言ってたね。GPSで追跡してわかったんでしょう」

インパクトのある話なので、もちろん覚えていた。

「あの後も、何度か行っていたから、やっぱり誰か……たぶん女に会いに行っているんだろうなって思っていたの。ただ、それ以上はわからないままだったのよね。で、今日は夫の実家に家族で行って、さっき戻ってきたんだけど、翔一、けっこう酔っ払っていてリビングのソファで寝ちゃったのよ。寒そうだし起こそうと思って声をかけたら、あの人『つばき』って呼んだの」
「つばき…… って名前?」
「あの人が学生時代に付き合っていた彼女の名前、棟方つばきっていうの」
「ええ! 噓でしょう」
「本当よ。信じられないでしょう? 棟方つばきも医者になっているはずだから検索したら、新宿御苑で開業していたんだから」
「じゃあ、やっぱり……」
「翔一が学生時代に痴情のもつれで警察にお世話になったことは、前の病院では知られていることだったのよ。翔一の同窓の高原先生の口が軽くて、酔っ払うと話すものだから、あたしも聞いていたの。棟方つばきの名前も、それで知っていた。翔一、つばきさんに振られた後も未練たらたらで、棟方つばきが新しい恋人と歩いているのを見つけて逆上してやり合ったみたい。通報されるくらいだから、相当よね」
「そんなことがあったんだ」

あのクールな翔一先生が、意外だった。

「腹が立って叩き起こそうかと思ったけど、いまじゃないと思って…… もっと決定的なタイミングを狙わなくちゃ。代わりに正絹京染の訪問着を脱ぎ散らかしたわ! 薄紫色がきれいだって、あの人が褒めてくれたことがあったのを思い出して、さらに怒りが湧いて……ごめんなさいね、元日からこんな話を聞かせて」
「いいのいいの。そりゃ、誰かにぶちまけたくなるよ」
「こんな話、美典さんにしかできなくて」

そう言って、玲子は声を詰まらせた。

「こんな状況で言うことじゃないかもしれないけど…… 嬉しいよ。玲子さんがわたしを頼ってくれるの」

本心だった。玲子の気持ちを察すれば心苦しいが、ただの子供のクラスメイトの母親というだけのつながりではないのだと思えて、じんとした。

「ありがと。このこと、エレナさんには内緒にして。知られたくないっていうか…… サレ妻の気持ちなんて、理解できないと思うから。あっ、美典さんなら理解できるって言いたいわけじゃないのよ」

子が慌てて付け足したのがおかしくて、美典は笑った。電話の向こうにいる玲子もかすかに笑う。凍てつく風が吹きつけて、寒かったけれど、もう少し玲子の話を聞いてあげたいと思う。

理科の問題を解いている類の隣でXのタイムラインを見ながら、元日の夜をこんなふうに過ごしていいんだっけ、とエレナはふと思う。昨日の大晦日から伊豆の別荘に類とさくらを連れて移動しているので、気分は変わっているのだが、やっていることがあまりにもいつもと変わらない。

毎年頼んでいる銀座の料亭のお節を類と二人で食べながら、テレビで特番のバラエティ番組を一緒に観てすごしたが、夕方になる前には飽きてしまった。類もゲームをしたり本を読んだりしていたが、いつのまにか塾のテキストを開いて勉強をはじめた。ワーカホリックの両親のもとに生まれた彼もまた、休むのが苦手なのかもしれない。クラスを一つ落としたが次のレビューテストでは一番上のクラスに戻ることができ、よほど下のクラスになったことが悔しかったのかいっそう熱心になったようにも思う。

「ねえ、ママ。オキシドールに二酸化マンガンを加えると、一気に酸素と水に分解されるでしょう。でも二酸化マンガンは反応の前後で性質が変化しない。これを触媒っていうんだよね。触媒って、ほかにどういうのがあるの?」

類はこんなふうにわからないことを訊いてくる。すぐに答えられることもあれば、ちょっと待って、とスマホで検索して説明することもある。子供の疑問には、よほど忙しくなければちゃんと答えたほうがその子の学力が伸びると、有名な教育系インフルエンサーの本に書かれていたので、エレナも実践するようにしていた。『触媒 代表例』と検索して、エレナはヒットした記事を読む。

「デンプンを分解する唾液の酵素のアミラーゼや、タンパク質を分解する胃液の酵素のペプシンなんかも触媒なんだって」

質問してきたわりに、ふうん、で終わる。たいていそうだ。でも、それでいいのだと思っている。

「なんかさ、触媒って強いよね」
「強いって?」
「だって、過酸化水素水は分解されて別のものになるのに、二酸化マンガンはキャラが変わらないんでしょう。芯が強い人みたい」
「何それ」

子供のこういう発想が面白い。エレナは軽く笑ってスマホに向き直り、淡田のXを開いた。もちろんフォローしていないが、夫の動向をチェックするのはもはや日課になっている。ワインのボトルが並んだ画像が出てきた。宇宙事業のことでアメリカに行っており、仲間たちとニューイヤーパーティーを楽しんでいる。いまにはじまったことではないが、妻子を放っておいて、いい気なものね。

こちらとしても別に家族団欒で過ごしたいわけではないし、ましてや高知の夫の実家に帰省するなど願い下げだ。夫の両親もあの息子とエレナに一般的な慣習を求めていないので助かっている。こうして類と二人で過ごすのが、エレナにとっても快適ではあった。それでも独身のように自由な夫をXで見つけると、そばに駆け寄って腕を捻ってやりたくなる。

「パパって、二酸化マンガンみたいよね」

ふと思ったまま口に出してしまうと、えっ? と類がこちらを向く。

「パパが、なんで?」
「いや、ほら……ママはパパと結婚して類のお母さんになって、やっぱり、それ以前の自分とは違う自分になったなって思うの。性格や考え方、仕事のペースや生活パターンだって変わったもの。だけど、パパは何も変わっていない」

ああ、そういうこと、と類は問題集に戻った。

他人を変えておいて自分は変わらないなんて、やっぱりあの人はずるい。それでいて変わろうが変わるまいが、あの人の目から見たら、わたしは「三塁」で生まれた人間なのだから。

頭に血が上りそうになり、エレナはニューイヤーなんだからと開けたソーテルヌをグラスに注ぎ足す。ガラスとシルバーで精緻に作られたブチェラッティのワイングラスで飲む甘い蜜のようなワインはささくれそうな気分も優しくなだめてくれる。

自分本位な人だとわかって結婚したのだから、しょうがない。結局のところ、エレナにしても淡田との離婚は考えていないのだ。類のこともあるが、何だかんだ言っても、自分に釣り合うのはあの人くらいだとわかっている。

そんなことを考えていると、Xの《アマディスのかおり》のアカウントにダイレクトメールが届いたと通知が入る。《ひよどりママ》からだった。

――あけましておめでとうございます! 教えていただいた立体切断のアプリ、とてもいいですね! 息子も楽しみながら取り組んでいます。今年も頑張りましょうね!

最近《ひよどりママ》とはダイレクトメールでやりとりするほど親しくなり、いつだったか役立つ勉強アプリの情報をシェアしたのだった。

――あけましておめでとうございます! それはよかった〜。ひよどりさんから教えていただいたアマニオイル、美味しくて頭にもいいものだから、何でもかけちゃってます!

――あのメーカーのオイルはどれもちゃんとしたオーガニックでおすすめですよ。ところでアマディスさん、大きそうな公園の写真をアップされていましたよね。自然がお好きなのかしら。アイコンのアマディスのバラのお写真も素敵だなと思って見ています。わたしもガーデニングにハマっているから親近感!

アマディスというバラの種類を知っていたことに、エレナも親近感を覚えた。アマディスはバラなのに棘がなく、鮮やかなピンクの花を咲かせる。何よりも香り高い。気品があって、エレナは好きだった。それでアイコンにし、名前もそれにちなんだ。《ひよどりママ》も好きだと聞いて嬉しくなる。

――母の趣味がバラ栽培で、実家の庭には何種類ものバラが咲いているんです。アマディスは香りがいいですね。自然が好きというか、犬を飼っているので近くにある大きめの公園を毎日散歩しているんです。
――うちは住宅街なので、近くにそんな公園があるなんて羨ましい!

お正月の夜に顔も知らない相手にメッセージを送ってくるのだから、この人もまたエレナと似たような時間を過ごしているのだろう。もしかすると彼女も世間によく知られている立場で、それを隠してXに投稿しているのかもしれない。そんな想像をして、エレナは一人で笑う。

実際に会って話をしてみたいように思うけれど、さすがにそれはしない。尾藤エレナだと知られていないから、息子の自慢も夫への不満も晒しているのだ。知られてしまったら、身を破滅させかねない。

(第十三話をお楽しみに!)

イラスト/緒方 環 ※情報は2025年2月号掲載時のものです。

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