エッセイスト、メディアパーソナリティの小島慶子さんによる揺らぐ40代たちへ「腹声(はらごえ)」出して送るエール。今回は「子育ての一区切り」について。
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小島慶子さん
1972年生まれ。エッセイスト、メディアパーソナリティ。2014〜23年は息子2人と夫はオーストラリア居住、自身は日本で働く日豪往復生活を送る。息子たちが海外の大学に進学し、一昨年から10年ぶりの日本定住生活に。
『人生の面白さを実感できるのは、今です』
すうすう、すうすう……心を吹き抜けるお寂し山の風に震えているのは誰? そう、それは子育てが一区切りついた親の皆さん。これから何を喜びとすれば!? と人生砂漠の真ん中で立ちすくんでいます。私もちょっと前までそうでした。抜け殻のような心持ちで、振り返ればあっという間だった子どもたちとの20年を思い返して涙ぐんだりして。
でも最近は、この新しい生活もまんざらでもないと思い始めています。息子たちと親子であることに変わりはないという当たり前のことにも気がつきました。11年ぶりに日本に戻ってきた夫との同居生活も、恐れていたほど大ごとではなかったし(今のところは)。
最初のきっかけは、アルゴリズムでした。ある日、インスタでおすすめされた書家のアカウントをフォロー。個展を開催中と知り、仕事の帰りに寄って素敵な作品を購入。在廊していた書家の先生とお話しするうちにふと「40年ぶりに書を習ってみようかな!」と思い立ちました。
実は、私は書の鑑賞方法が全然わからないのです。博物館や美術館でも完全スルー。でも書くのは楽しかった記憶があります。小学生の時に通ったのはお手本通りではなく、各々の字の良さを伸ばすという自由な気風のお教室で、日本画も習っていました。インスタで出会った書家の先生のお教室は、まさにそんなのびのび育ちの私にぴったりでした。
書の知識ゼロから始めるので全てが新鮮。それまで退屈なニョロニョロでしかなかった書が、情報盛りだくさんの美の集積であることがわかってきました。わからなかったものがわかるようになるって、とっても楽しい! 出産後、内臓の延長みたいに見えた新生児がだんだん人間ぽくなってきて、ついに意思の疎通ができた瞬間にガラリと世界が変わった、あの奇跡の体験とも似ています。
出会いと言えば、最近なぜか茶会にお声がけを頂くことが増えてきました。高校で茶道部だった私が裏千家の許状を頂いたのは30年ほど前のこと。完全にセカンド初心者にもかかわらず出席して無作法を重ね、爆笑茶会になってしまったことも。これでは利休さまに申し訳ないのでまたお稽古をと思ったものの、何が怖いって諸先輩方です。上下関係の厳しいご一門だと、私のような粗忽者は茶道警察の取り締まりを免れることはできません。もちろんそんな恐怖のお社中情報はどこにも載っていないので、どなたか良い先生を紹介して下さらないかなあと密かに念じていたのでした。
そんなある日、ふと検索してヒットした良さげなお教室の先生が、なんと書家の先生のお知り合いであることが判明。これはご縁! と門を叩き、先生のお人柄に惹かれて早速入門しました。新入りの門下生として高校1年に戻ったような心持ちです。同門の先輩方には息子たちと同世代の人も。年齢やキャリアと無関係に素直に学ぶ機会は超絶貴重&新鮮です。
すると今度はお茶の先生が「私が習っている能楽師の先生のお稽古を見学してみませんか」と誘って下さいました。お能を眼前で体感できるとは滅多にない機会! と好奇心から早速申し込んだところ、先生の素敵なお声に惹かれてこれまた入門することに。今までただの一度も謡と仕舞を習おうと思ったことがなかったので、まさかの展開です。宇宙語のような謡本を読むところからのスタートで、楽しくてなりません。何もわからないってなんて自由なのだろうと、心底感動。
アルゴリズムきっかけの書に始まり、お茶、お能とご縁が広がり、気づけば新たな世界の只中に身を置いていたのでした。エイジングが気になる人は高い化粧品を使うよりも、未知の習い事の新入りになってみることをお勧めします。ほやほやの新生児になって、世界発見の旅に出るのです。
子育ては、不完全で未熟な親が子どもたちに世の中を教えてあげなければならない大事業。自分自身が迷っているのに、いきなりこの世のガイド役の重責を担わされるなんて大変です。本当に本当に、よく頑張りました。もう、肩の荷を下ろしていいのです。そして今度は自分が赤ちゃんに戻る番。新しいことを始めてはしゃいでいる親を見るのは、子どもも嬉しいんじゃないかな。
自分が親の幸福の責任を一身に担っていると思ったら重たくてしょうがないものね。子育ての手を離したら、親子共に身軽になって新たな世界へ。幾つになっても人生は面白いよって、若者たちに心から言ってあげたいですね。
文/小島慶子 撮影/河内 彩 ※情報は2025年5月号掲載時のものです。





















