迷いの度に旅へ出て、旅の度に自分の本心が姿を現す。見知らぬ国で出会った人、景色、そして自分自身。それらが少しずつ運命の歯車を動かし、気づけば人生は大きく方向を変えていく。そんな〝人生の大きな転機〟となった旅の物語に触れました。
▼あわせて読みたい
「この国に生まれなくて良かった」13歳の私に父が返した言葉——「世界の幸せを知る」旅に出るきっかけに
Haruka Tazakiさん
42歳・東京都在住 メークアップアーティスト
旅が教えてくれた。どんな生き方も正解
自由に選んでいいんだということを
自由に選んでいいんだということを
24歳でNYに渡り、メークアップアーティストとしてデビュー、活躍していたHarukaさん。30歳で帰国後は日本に拠点を移し、国内外の雑誌や広告、著名人のメークを担当。仕事を最優先し、しゃにむに働いてきたと言います。ところが「’20年に師と仰いでいた加茂克也氏がご病気で他界され、衝撃を受けました。その直後にコロナ禍に突入し、仕事が何もない状況に。世界中の人がさまざまな形で発信をしているのに、私には何もできることがない。『私のやりたいことって本当にこれだったっけ?』と考えるようになりました。
そして、コロナ禍が明けたらNYの彼と結婚し、仕事を辞めようと決心するに至りました」。ところが、直後に婚約が破談に。「心にぽっかり穴が空きました。仕事に戻ることもできましたが、これは新しく何かが入ってくるチャンスなのかも、と感じて。仕事も家も全部いったん手放し、ずっとしたかった〝世界一周の旅〟に出ようと決めました」。
そのとき、Harukaさんは、3つの目標を立てました。1つめが出会いを大切にすること。2つ目は世界中の海で大好きなダイビングをすること。そして3つ目が社会貢献です。「1年かけて29カ国を巡り、フライト数は85回。素晴らしい景色に魅了されましたが、それより心を動かされたのは、人との出会い。世界には色んな人がいて、百人いれば百通りの生き方がある。生き方に正解なんてない、むしろ全部正解なんだ、どんな生き方を選んでもいいんだと。それまでの人生では、一番は仕事で、豊かさとはお金や所有することでした。でも、価値観の序列が見事にひっくり返りましたね。仕事中心だったころは前だけを向いていたけれど、角度を変えると、見えなかったものが発見できることに気づきました。人との関係も同じで、苦手な人も、見方を変えれば、素敵なところが見えてくるんです」。
世界各地でボランティアにも参加。「タンザニアでは、メークのワークショップをしたんです。女の子たちから歓声があがり、目をキラキラさせてとても喜んでくれた。そのとき、私は何も持っていないと思っていたけれど、こんなにすごい武器を持っている。メークの仕事を辞めちゃいけないって思えたんです」。
また、女性蔑視や生理を不浄なものとする文化、不衛生な環境での感染症など様々な問題を目にして「知らないふりはできない、という思いを強くしました」。
今は、1年の半分を仕事、残り半分を旅という生活を続け、取材の2週間後にもグアテマラに出かけるとのこと。「旅は私にとって人生の宝さがしなんです」。
国内外の雑誌、広告、著名人のメークを担当する売れっ子。’24年よりフェムケアブランド「hemmäte」のディレクターも務める。
撮影/吉澤健太 取材/秋元恵美 ※情報は2026年2月号掲載時のものです。










