今年の2月、90歳を前にしてスタイルブックを出した女優の草笛光子さん。5年前に出版した『草笛光子のクローゼット』も大きな話題となりましたが、今回のスタイルブックもまた、90歳を前にますますオシャレに磨きがかかり、お散歩スタイルからビシッとキメたスーツスタイルまで、小ワザの効いた着こなしが、とにかく楽しい。
それに、草笛さんのクローゼットときたら、ヴィクトリアベッカムやリックオーウェン、THE ROWといったモードブランドからBEIBEに銀座マギーといったコンサバブランド、ZARAやユニクロといったプチプラにマイヴィンテージまで、もうノージャンルで、それを自由に組み合わせるのが、草笛流のコーディネート。
年齢を重ねた分だけ彩があって、ページをめくるたびに何だか勇気がわいてくる――。
ベーシック楽ちん服が“経験”というスパイスで私しかできない着こなしに
「私はモデルじゃないですから。8頭身じゃないし、スタイルが良いわけでもなくて、洋服が似合う体質じゃないことも知っています。年齢を重ねた今は、“楽”がいちばん。でもね、その“楽”の中にコショウを入れたり、ちょっと甘味を入れたりさ、時にはちょっと色気を入れたりね、私流のスパイスを足してみるの。
例えば、誰もが似合うベーシックな服、ユニクロのニットをガバッと肩を抜いて着てみる。今は、グレーヘアも味方してくれて、何だか小粋に見えたりして。その人じゃないと着られない着方、その人じゃないと着けられない小物――“その人らしい”、これこそが「着こなす」ということじゃないかしら。
そう、人がやらないシャレっ気で着崩すときに、“私らしさ”に繋がるんですね。そして、その感性は、これまで養ってきた経験が映し出されるもの。私は、22歳で初めて訪れたブロードウェイで観たミュージカルが、今でも忘れられないくらいの感動と衝撃でね。それから毎年ニューヨークへ出かけるようになりました。もう、そのお金が欲しくて、働いていたくらい。ファッションを習ったことなんてないけれど、そういった経験や空気がオシャレにも映し出されるのかもしれないわね」
役を演じるように、服にも 気持ちと動きで人と違う息を吹き込んで
そろりそろりとした和服姿より、動きで自分らしさが出せる洋服のほうが私らしいという草笛さん。自分の解釈で役を演じるように、服にも自分の息を吹き込んで着こなすのが、草笛流だ。
「時々、ファッション誌に出させていただいて、『草笛さん、今日はこの洋服でお願いします』と言われると、役をもらったような気持ちになるの。「よーし、上手く着こなしてやろう!」ってね(笑)。そして、その瞬間、瞬間に考えるの。今日はどうしようかしら、と。「今日はお転婆やっちゃおう!」と思うと、足を大胆に組んでみたり。
女優として役をいただいた時、「スカッと人が演じない演じ方をしてみたい」そう思うけれど、服も、そう。「人がやらない着こなしをしよう」と思う。だから、演じることと似ているわね。
そして、私は「ハイ、ポーズ」じゃダメ。動きと動きの間にパシャリと撮っていただくと、自分が生きてくる。呼吸するようにね、生きてなきゃダメなの。オシャレも写真さえも、はっちゃけたところが私らしいから。キレイにお人形さんみたいに撮られると、死んじゃうわ」
イヤなことがあったら、自分を奮い立たせるために靴を買う
ここ数年、コロナ禍も手伝って、楽ちんなぺたんこ靴がブーム。“慣れ”とは怖いもので、出かけるシーンが増えた昨今、久しぶりにヒールを履いてみようとは思うけれど、足が痛むし疲れるし……などと思ってしまう。ところが、90歳になる草笛さんときたら、ヒールを履いても何のその、颯爽と歩いてしまう。
「だって、私、ハイヒールを履いて舞台で踊っていたもの。もう、舞台の端から端まで走り回っていたの。だから、ヒール平気よ。ヒールを履いたほうが、気持ちもシャキッとしますよね。背中がピシャッと伸びる。
私は、靴が大好き。イヤなことがあると、皆、美味しいものを食べて自分を癒すというけれど、私は違う。靴を買って自分を癒すの。だから、靴を数えると、その分だけイヤなこともあったってことかしら(笑)。それでも、最近じゃあ靴を買う数も減ってきました。モノを買って収まるような女じゃなくなってきたのね。もうちょっと、深く、複雑になってきて。
90歳ですからね、いろんな目にあってきたし、そりゃ、今も仕事をしていると、カチンとくることもある。でも、それは当たり前のこと。以前より深く、複雑になった分、今は美味しく淹れてもらったコーヒー一杯で、自分を癒せるようになりましたよ(笑)」
まだまだいい仕事がしたいし、90歳だからリアルに演じられる役がある
今年、2023年の10月で満90歳を迎える草笛さんは、まさに人生100年時代のヒロイン。先を歩くその姿は、先輩として人生もオシャレも諦めない勇気を与えてくれる。
「まだまだ演じきっていない役は、数限りなくあります。そう、今も演じなくちゃいけない役が、ここに来ている。演じる中で、この女性はこういう人だから、着るものはこうで、髪はこうで、とだんだんと見えてきます。ある意味、女の人は、ファッションという形で自分を作ることができる。私はこういう女、と騙して形から入ることができるんですね。
50代の頃、舞台の役作りのために坊主にしたことがありました。断髪する時に、みんな私が泣くんじゃないかと思ったらしいけれど、私は泣かなかった。それで、その頃NHKの「ためしてガッテン」という番組に準レギュラーで出ていたから、その坊主頭のまま、スーツを着て出たんですね。そんな機会もなかなかないし、他にそんなことをする人もいないだろうから、面白かったんです。
坊主頭でも、ビシッとスーツを着て、その気になりゃカッコイイ。オシャレは度胸です。他と違う“私らしさ”を纏うこと――、生き方と同じ様にそれこそが、本当のオシャレの面白さなのだから」
○ 『草笛光子 90歳のクローゼット』(主婦と生活社)\1,870
草笛さんのクローゼットの中のお宝ヴィンテージから最近購入したモード服、靴コレクションからそれを組み合わせた草笛流のコーディネートに貴重なアーカイブ写真、が見られる上、90歳の今だから見えてきた景色を綴る、その言葉が心に響くフォトエッセイ。
取材・文/河合由樹