上質な長いコントのような小説、これは新ジャンルのエンタメ誕生では?
辛酸なめ子さん、雑誌などのコラムはいつも楽しく読ませてもらっていて、今回は「長編小説」ということで興味深く手に取りました。非常に面白かったです。時事ネタを盛り込み、俯瞰の視線からの独特な人間観察など辛酸さんらしい切り口はそのまま。小説の中にふんだんなエッセイ要素が入り、「一粒で二度美味しい」というお得感。しかも、ラストではハートウォーミングな気持ちにもなり、切なく素敵な読了感も。
主人公は文房具メーカーに勤める20代後半のOL、玉恵。通勤電車であるおじさんと最悪な出会い方をした後、なぜか忘れられない存在となり親交を深めていきます。
おじさんとのストーリーがありつつも、社内恋愛や日々の仕事にまつわるあれこれがいい塩梅で面白く肉付けされて、クスッとしながらスラッと読める短編が26編続きます。電車のおじさん以外にも、会社の意識高い系フツメン先輩やIT系から転職して来たトラベラー的存在のイケメン、スピリチュアル系肉食30代先輩女子など絶妙なイヤさ加減を持った登場人物が、これまた面白いのです。
この小説、大胆なストーリー展開はありません。玉恵の妄想を中心に随所に光るワードセンスや懐かしの時事ネタ。「飴を舐めていた熊本市議の女性」なんて、久々に思い出して嬉しくなってしまいました。サラッと読めるのにワンセンテンスに1〜2カ所はクスッとできるような表現やキラーワードが仕込まれていて。女子同士のあるあるや、独特なのに的確そうな人間プロファイリング、スピリチュアル系ネタや人間関係におけるマウンティングの取り合いなど共感しまくりで。「日本は変態ガラパゴス大国」「妄想の出がらし」「一方的お菓子を渡される菓子ハラ」などネーミングセンスも良いし、上質な長編コント台本を読んでいるような感覚にも。
ところで、玉恵は見ず知らずのおじさんに魅かれ恋心に近いような感情を抱いたりしますが、私はもともとおじさん好き。枯れているおじさんも好きだし、枯れかかっていると見せかけて実はギラギラというおじさんも色気を感じ大好物です。玉恵は「おじさん」と「おじいさん」の境目は、火野正平さんと結論づけましたが、実は私、中学生の時に「火野正平の20番目の女でいいからなりたい」と思っていたことも。おじさんって、長年生きてきたからこそクセは強いし頑固だから揺るぎがなくて、話をすると面白いんです。みんな〝推しおじさん〞を持つべきです。
ただ私も50歳という立派なおばさん。おじさんとおじいさんの中間〝おじぃさん〞がちょうどいいのかも。あと改めて、タダで誰にも害を及ぼさない妄想って大事だなと実感。でも妄想って、何もないところからはできないわけで。ちょっと気になる人からの1通のメールやちょっとした偶然の出会いなど燃料投下が必要なんです。コロナ禍でなかなか人と接触ができない今こそ、妄想を楽しむべきなのかもしれません。
おおくぼかよこ / ’71年、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒。’92年、幼なじみの光浦靖子と大学のお笑いサークルでコンビ「オアシズ」を結成。現在は「ゴゴスマ」(TBS系)をはじめ、数多くのバラエティ番組、情報番組などで活躍中。女性の本音や赤裸々トークで、女性たちから絶大な支持を得ている。
撮影/田頭拓人 取材/柏崎恵理 ※情報は2021年7月号掲載時のものです。