土井香苗さん(45歳・東京都在住) 国際人権NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表
大きな国益の争いよりも小さな差別から広がってゆく 紛争。
解決のために発信し続けていきたい
土井香苗さんは、世界的な人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下HRW)の日本代表を務めています。「昔の戦争は、国益と国益の衝突でしたが、最近は、テロリストを含め、個人やグループが起こす反発や暴力が、戦争状態にまで発展するというケースがほとんどです。紛争が起こるベースには、組織的な人権侵害、つまり差別があることが多いのです。差別は、弱いものいじめ、と言い換えるとわかりやすいのですが、これがあまりに苛烈だと、いじめられた側は反発し、暴力に訴える人が出てきます。それを、いじめる側は武力で抑え込もうとしますが、差別された人の怒りはよけいに募り、消えることはない。武力で、完全に抑え込むことはできないのです」。
では、紛争を根本的に解決するには、どうしたらいいのでしょう。「人権侵害をやめるしかありません」。
人権侵害は、世界中で起きています。3年前、新疆ウイグル地区で100万人超ものウイグル人が強制収容所に閉じ込められ、そして、強制労働もさせられていることが報道されました。
「これが日本なら、報道機関が押し寄せますよね。でも、中国は徹底的な報道統制をしており、ウイグル人への弾圧はほとんど報じられてこなかったのです。HRWでは、数十年前から、聞き取りなど対面調査も行い、結果報告書を国連に提出しました」。
同時に、各国政府に、ビジネスの現場で人権侵害がないかどうかチェックすることを義務付ける法律を作るべき、といった、政策提言をしています。また、企業にも有効な事実調査ができない以上、この地区で作られる綿などを使用しないよう、呼びかけています。
「平和のための活動として、難民の緊急支援などはもちろん重要です。でも、支援は応急手当に過ぎず、根本原因を解決するには、政策を変えてもらわなければなりません。そこで、独自に現地でインタビューをするなどの調査をし、結果を世界に発信するとともに、政策提言をしたり、政策が実現するようロビイ活動を行ったりしています」。
でも、紛争の火種になるような人権侵害というと、日本人にはあまり関係ないと感じてしまいがちです。
「もちろん、新疆やミャンマーなどとは比べ物になりませんが、身近にも人権侵害はあります。例えば、スポーツ界での子どもに対する体罰もその一つ。実際、19%の子ども・若者が暴力を受けたことがあるという調査結果が出ています。弱い子どもは、声を上げられず、我慢している。でも、暴力、暴言、セクハラなどの被害に遭えば、子どもの心に傷を残してしまいます。これだって人権侵害なのです。これくらい仕方ない、と許してしまうと、次第に大きくなり、やがては、止められないほどはびこる可能性もあります。人権侵害に敏感になり、声を上げ、行動することが、紛争を防ぎ平和を守る、私たちにできる最初の一歩だと、ぜひ感じてほしいですね」。
撮影/BOCO 取材/秋元恵美 ※情報は2021年9月号掲載時のものです。