作者の仕掛けにまんまとハマって
〝イヤミスの女王〞と呼ばれる真梨幸子さんの新刊『まりも日記』。
〝まりも〞という猫がいろいろな形で登場してくる、ほかに類を見ない構成のコミカルミステリー。
以前、著者の『殺人鬼フジコの衝動』を読んだことがありますが、とてつもなく後味が悪かったのを覚えています。でも、この手のテイストは嫌いじゃなく、なんなら好きな世界この作品は程よいイヤさ加減で、読んでいくうちに、どこがフィクションでどこがノンフィクションなのか分からなくなって、気づくと著者が仕掛ける巧みなワナにまんまとハマっているという心地よさも。ほのぼの&ミステリー&胸糞悪さが好バランスで配合されている新感覚小説です。
物語は、著者自身のエッセイにも思えるようなブログの記述から始まります。語り手は作家でデビュー当時こそもてはやされたものの、その後ヒット作が出ず生活困窮者に。ひょんなことから猫を飼うことになり、その子を〝まりも〞と名付けるのですが、それを機に運命が狂いだします。中年の孤独死不安を煽るような「行旅死亡人」や震災によって別れた夫婦のその後を描く「モーニング・ルーティン」、タワマンを巡る奇怪な〝事件〞が不気味な「ある作家の備忘録」、都市伝説のような「赤坂に死す」、そして「最終話」。それぞれの話が独立しているようで実は〝まりも〞という猫の存在でマイルドに繫がっていて。
私のような未婚の50歳には気になる「孤独死」というワードが要所要所に盛り込まれ、ヒット作も出れば売れなくなる時もあるという作家の人生描写もリアル。私も芸能界という浮き沈みのある世界にいるので身につまされまくりです。あと私は犬を飼っているので、猫に人生を乗っ取られる登場人物の気持ちにも共感。「幸せを感じる時は?」と聞かれれば「愛犬パコ美が立派な一本糞をした時」と答えるほど溺愛していますから。言葉を喋らない動物の健康状態は、排泄物で推し量るしかなく、良いウンチ=健康の証しと幸せな気持ちになるんです。人と言葉のコミュニケーションが取れない猫ならではの俯瞰な視点。きっとまりもは「なんで人間はこんなにバタバタしてるんだろう?」と達観して見ているのではないでしょうか。実際、クールな猫の表情を見ていると、「人間って愚かだなぁ」と思っていそうだし。猫や犬って生き延びることだけが目標。プライドや見栄もないし、当たり前だけど「結婚するしない問題」とか「嫁姑問題」もありません。人間が孤独死はイヤだと騒いでいる一方、猫は死が近いと感じると姿を消しひっそりと死んでいく。孤独死上等なんです。まりもは、飼い猫だったり野良猫だったりカフェ猫だったりと様々な環境で生きていくのですが、どの状況が一番幸せなんだろう? 猫じゃないので分かりませんが、そうやって猫に照らし合わせて考えると、人間にとっても何が幸せなのか?
ヒット作を生み裕福な時もあれば苦しい時もある波瀾万丈がいいのか、それとも慎ましくてもずっと安定しているのがいいのか。家族がいるほうがいいのか、死ぬ時は、誰もが孤独だから1人でいいのか。こんな根本的なことも考えたりしましたが、作品自体は読みやすいちょっと風変わりなエンタテインメント作品ですので、猫好きな人もそうでない人もお気軽にどうぞ。
イヤミス(読後イヤな気持ちになるミステリー)の旗手が描く、猫に惑わされた人々の物語。
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おおくぼかよこ/’71年、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒。’92年、幼なじみの光浦靖子と大学のお笑いサークルでコンビ「オアシズ」を結成。現在は「ゴゴスマ」(TBS系)をはじめ、数多くのバラエティ番組、情報番組などで活躍中。女性の本音や赤裸々トークで、女性たちから絶大な支持を得ている。
撮影/田頭拓人 取材/柏崎恵理 ※情報は2022年2月号掲載時のものです。
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