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避難はまだ終わっていない。原発避難者・森松明希子さんの思いが世界へ……

「連載・私たちのCHALLENGE STORY」ライターの上原亜希子です。毎年4月号ででは被災地をテーマに取り上げています。今回のタイトルは「被災地の8年目の風景」。今回私は福島県郡山市から大阪市に母子避難されている、森松明希子さんにお話しを伺いました。今年で震災から8年目に突入した現在も、ご主人は福島県郡山市で働いており、母子避難状態は今も続いています。

森松さんは原発賠償関西訴訟原告団の代表や東日本震災避難者の会Thanks & Dreamの代表を務めており、「原発と人権」を問い直し、“普通の暮らし”を取り戻すために、全国各地で講演活動を行っています。

避難手記等の出版にも携わっていらっしゃいますが、その中の一冊『A speech, letters and memoirs by evacuees from Fukushima』という英語のタイトルが付けられた冊子。これは2015年9月から約1か月間、英国ロンドンで「福島第一原発事故の影響で苦しむ方々に寄り添って」という趣旨で開催されたイベントのために日英両言語で製作されました。その後、広島で開催された世界核被害者フォーラムでは、主に海外からの参加者に配布されたそうです。冊子には福島原子力発電所事故からの避難者たちによるスピーチ、手紙そして避難手記が掲載されており、「子どもを守る」「未来を守る」という母親たちの溢れる思いが詰まっています。

国内外を問わず広く世界の人々にも福島の真実を知ってほしいという思いは、今年3月19日スイス・ジュネーブで開催された国連人権理事会本会合でのスピーチへと繋がりました。森松さんはスイス・ジュネーブへと赴き、英語で演説を行われたのです。以下は森松さんの演説の日本語訳です。

「森松明希子と申します。避難者である母親たちと、グリーンピースと共に来ています。私は2011年5月、福島の災害から逃れるために、2人の子どもを連れて避難しました。原発事故直後、放射能汚染は広がりました。私たちには情報は知らされず、無用な被ばくを重ねました。空気、水、土壌がひどく汚染される中、私は汚染した水を飲むしかなく、赤ん坊に母乳を与えてしまいました。放射能から逃れ、健康を享受することは基本的原則です。日本の憲法には、『全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利』と書かれています。しかし、日本政府は市民を守るための施策はほとんど行ってきませんでした。そのうえ、日本政府は放射線量の高い地域への帰還政策にばかり力を注いでいます。日本政府は国連人権理事会での勧告を直ちに完全に受け入れ、実施してください。国連加盟国の皆さんの日本の人々の権利擁護の働きに感謝します。今後も福島、そして東日本の、特に脆弱な子どもたちを、さらなる被ばくから守ることに力を貸してください。ありがとうございました」。

子どもを、そして彼らの未来を守りたい。そんな母親としての当たり前の願いと、誰もが平等に命を大切にされる社会のために、今日もどこかで森松さんは語り続けています。

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