ドラマや映画、舞台と幅広く活躍している高橋惠子さん。エレガントな美しさと優しく穏やかな声が印象的ですが、15歳で鮮烈にデビューした後、奔放と言われ、波乱の道を歩んだ時期もありました。映画監督の夫・高橋伴明さんと結婚したのは1982年。東京郊外の一軒家に、一時は4世代9人で住んでいたそうですが、今は夫婦二人と愛犬1匹で暮らしているといいます。インタビュー後編では、たおやかな69歳の日常や40代読者へのメッセージをお届けします。
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女優・高橋惠子さん、仕事と子育ての多忙な時期も“演じる”ことで乗り越えました
★ 年を重ねて余計に感謝の大事さを実感しています
★ なかなか慣れることがなくていつも新人のような気持ちです
★ 更年期や母の介護…大変なこともずっと続くわけではないんです
若い人の感覚でいろいろ教えてくれる孫たちとは友達のような関係です
「普段から、結構動いているほうかもしれません。夫と二人分の食事を作って、洗濯や掃除をして、犬の散歩をして……。娘と一緒に、栄養素が豊富なモリンガという植物をもとにしたコスメとインナーケアの新しい事業を始めて、そっちでもちょっと動いているので、俳優の仕事が入っていない時も、わりと忙しくしています。健康面、それから美容の面でも主体にしているのは、“自分が本来持っている力を引き出す”というような考え方です。そりゃあ、鏡を見ると『こんなにシワが』とか『それなりにちゃんと年を取っているなあ』とか思いますよ(笑)。でも、20代や40代の頃と変わっていなかったら、そっちのほうがおかしいでしょう?」
柔らかな笑顔でそう話す惠子さん。実は、長らく一緒に暮らしてきたお母様が2015年に亡くなったのを機に、一度は家を手放そうと考えたそうです。けれど、大切に育てた庭の木々を切って更地にするのは忍びなく、思い止まったといいます。
「多い時は母から孫たちまで4世代9人で一緒に住んでいた家なので、夫婦二人きりで住むには広すぎるな、寂しいなと思ってしまったんです。でも、もう慣れましたね。孫も今は5人いて、いちばん上は20歳で、その下が19歳。もう友達みたいな感じですよ。『私たち、おばあちゃんと孫には見えないよね』なんて言って、一緒に出掛けたりして(笑)。若い人の感覚でいろいろなこと教えてくれるので、楽しいです。仕事も子育ても頑張ってきたかいがあったなと、改めて思いますね」
年を重ねて余計に感謝の大事さを実感しています
そんな惠子さんが普段から大切にしていることは、「感謝の気持ち」だそうです。
「ありきたりな言葉ですけれども、感謝するって大事なことだなと、年を重ねて余計に感じます。たとえば頭が痛いと感じた時は、それ以外のところが痛くないことと、頭痛がしたことで、それに気づかせてもらったことに、感謝の思いを向けてみる。良くないと思うようなことが起きたとしても、それによって何かに気づけたと思えば、何一つ無駄にならない――最近読んだ本に、そういったことが書かれていて、なるほどなと。やっぱり心の持ちようというのは大事ですね。
感謝といえば、私が今、舞台『デカローグ1』でご一緒している演出家の小川絵梨子さんは、演出をなさる時に必ず『ありがとう』とおっしゃるんですよ。『そこは、こうしてみてもらえますか』『ありがとう』というふうに。たぶん1日に100回ぐらい口になさっていると思いますね。その『ありがとう』を聞くと、こちらの気持ちもずいぶん違ってくる気がしますし、小川さんが全10篇からなる『デカローグ』に流れているとおっしゃる“人への根源的な肯定と愛”を、まさに小川さんご自身からも感じるんです」
なかなか慣れることがなくていつも新人のような気持ちです
もう一つ心がけていることは、「今をちゃんと生きる」「過去でも未来でもなく、今この時間を大事にすること」だといいます。
「こうして今までのことを振り返ってきましたけれども、基本的に私は、常に“今”しかない人間。15歳で仕事を始めて、『太陽にほえろ!』でシンコをやったり、30代の時に『過ぎし日のセレナーデ』で志津子をやったり、本当にいろいろな役をやらせてもらってきたので、ずっと同じことを頑張ってやってきたという感覚がないんです。自分がやってきたものが一つの線の上に順番に並んでいるのではなくて、それぞれがパラレルワールドのように、別々に存在しているような感じ。『ブロッケンの妖怪』(2015年)という舞台でパラレルワールドの話をやった時に、そう気がつきました。
だから、なかなか慣れるということがなくて、いつも新人のような気持ちなんです。たとえば着物で時代劇に出続けるというように、同じジャンルのものをずっとやっていたら、『これに関しては私に聞いて』と言えるくらいにはなれたかもしれませんが、興味が向くままいろいろなことに飛び込んできたので、毎回必死ですよ(苦笑)。でも、その時その時の精一杯をやるしかないと思って、それも楽しんでいます」
ちなみに、舞台の仕事などが延期になり、自分の時間が増えたコロナ禍の時期は、10代の頃あまりに忙しくて挫折したフランス語学校に入り、週2回・1年間フランス語を学んだそう。その臆せず飛び込む胆力には、感動すら覚えます。
「ただ、私の時間はこの先さらに限られたものになっていくので、仕事に関しては、その時間を本当に費やしたいと思えるものしかやりたくないなと、最近は思っています。というのも、60歳を過ぎて、母を亡くしたり、コロナ禍があったり、大きな災害があったり、ドラマ『お別れホスピタル』といった死や老いを扱った作品に出ることが増えてきたり……。そんな中で、死について考えることが自然に増えてきたんです。でも、それは悪いことじゃない。生きる上でプラスにしていけばいいと思います。私も、死は特別なものではなく、誰にでも訪れるもので、生とは切り離せないものだと考えるようになって、今生きていることをより大事に思うようになりました」
更年期や母の介護…大変なこともずっと続くわけではないんです
まさに自然体という言葉が似合う、美しくしなやかな人。最後に、STORY読者にメッセージをいただきました。
「40代は、何かと忙しい時期だと思います。でも、子供も大きくなっていきますし、状況は変わっていくものです。だから、そこから逃げずに、その時々でやれることをやるのが一番いいと私は思います。大切なのは、先ほどお話ししたように、いかにそれを楽しくやるか、工夫をすること。逃げても解決はしませんから。
この年になって改めて思うのは、ずっと変わらないことなんて無いということです。私は50代の時に更年期を経験したんですね。それこそ、何もないのに気持ちがドーンと落ち込んだり、人にあまり会いたくなかったり。気分が沈むと出かけられなくなるので、そもそも人とあまり約束をしないようにしていました。そういう時期が2年続いて、本当に辛かったんですが、そこを抜けたらすっかり元気になって。ホルモンがこんなに精神にも影響するなんて、本当にすごいなと思いましたね。
同居していた母を2年ほど介護した時期もありました。毎日のように一緒に散歩に出かけていたんですが、時折ふっと『いつまで続くんだろう』と思ってしまって、そのたびに母に対して申し訳ない気持ちになりました。でも、それも一生続くわけではなかった。介護の経験も、その時、母がいてくれたからこそできたことなのだから、もっと大切に味わえばよかったと今は思います。
今、私が『デカローグ1』という舞台で演じているイレナという女性のセリフに『人生ってプレゼントよ。 贈り物なの』という言葉があるんです。本当にその通りだなと思いますね。この世界で今生きていること自体、貴重なことで、その時あった良いことも悪いことも全部ひっくるめて、やっぱり人生は贈り物だなって。ポイントは、良いことばかりじゃないところで、辛い経験の中にも種があって、いつかそれが綺麗な花を咲かせるかもしれない。だから『これは嫌なこと』『これは良いこと』と決めつけない方がいいですよ。たぶん、そんなふうに切り離せるものではないから。私も、『あの時もっとこうしとけば』なんて思わずに済むように、その時できることの一つ一つを、忙しくてもなるべく味わっていきたいなと思います」
『デカローグ 1-10』愛と人生の十篇の物語
『デカローグ 1-10』愛と人生の十篇の物語
原作:クシシュトフ・キェシロフスキ/クシシュトフ・ピェシェヴィチ 翻訳:久山宏一 上演台本:須貝 英 演出:小川絵梨子/上村聡史 会場:新国立劇場 小劇場「デカローグ1-4」(プログラムA・Bを交互上演) 4月13日~5月6日
プログラムA/デカローグ1「ある運命に関する物語」出演:ノゾエ征爾、高橋惠子、亀田佳明ほか/デカローグ3「あるクリスマス・イヴに関する物語」出演:千葉哲也、小島 聖、亀田佳明ほか
プログラムB/デカローグ2「ある選択に関する物語」出演:前田亜季、益岡 徹、亀田佳明ほか/デカローグ4「ある父と娘に関する物語」出演:近藤芳正、夏子、亀田佳明ほか
「デカローグ5・6」は5月18日~6月2日に、「デカローグ7-10」は6月22日~7月15日に上演予定。https://www.nntt.jac.go.jp/play/dekalog/
撮影/平井敬治 構成・文/岡﨑 香