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Lifestyle中学受験小説「トロフィー・キッズ」

塾のテストの結果に、3人のママ達がそれぞれ一喜一憂して…【中学受験小説】

【前回まで】保護者会の帰りにフリーアナウンサーのエレナとお茶をし、心の距離が近づいた美典は、医者の妻・玲子と共にエレナの自宅に招かれる。駒沢オリンピック公園に隣接する高級マンション、時折テレビでも見かける実業家の夫・淡田、毛並みの美しいゴールデンレトリバーと、自分とは別世界の生活に臆する一方、エレナとママ友である自分に満足する美典。そんな中、食事の合間にさりげなく志望校の探り合いが繰り広げられて……。


【連載小説】トロフィー・キッズ/尾崎英子 ★ 【第5話】 小5・6月

【第5話】 小5・6月

〈啓明セミナー 実力判定テスト〉6月2日実施

四教科 … 315/500 偏差値 53・1
二教科 … 194/300 偏差値 54・4

算数 … 74/150 偏差値 49・4
国語 … 124/150 偏差値 59・3
理科 … 48/100 偏差値 48・1
社会 … 69/100 偏差値 55・7

啓明セミナー全体で実施される実力判定テストの結果を見て、また美典はため息をつく。何度見ても数字は変わらないし、見るたびに気分が重くなるのについスマホをさわっていると塾のマイページを開いて確認してしまう。

五年生がはじまってまもなく行われた実力判定テストでは、はじめて四教科の偏差値が60を超えて舞い上がったのに、今回は55を切っていた。得意の国語も60に届いていない。足を引っ張っているのは、算数と理科だ。わかりやすい文系タイプ。しかし中学受験の要が算数というのは、よく耳にする。

この結果が出たタイミングで塾の保護者面談があったので、美典は相談した。担当してくれた算数の篠崎先生は、いまはどの子も成績がアップダウンするものだからあまり気にしないようにしてほしいと言った。

「五年生はどの教科も、毎週のように新しい単元を学びます。覚えることが膨大ですから、その都度たしかに理解していけることが大事なんです。毎回の授業で行われる小テストと一ヶ月半に一度行われるレビューテストで、どこができていないかを確認できるようにしています。レビューテストができていないとまずいので、八割以下なら気をつけてあげてください。一方で実力判定テストは、どの単元が出るかもわかりません。たまたま得意なところから出題されたら高得点につながりますし、逆もあります。悪い結果でも気にしない。もちろん、お子さんを責めたりしてはダメですよ、お母さん」

弱い心を見透かされたように釘を刺されて、美典は背を丸めた。もうすでに、この結果を見たときに沙優を責めるようなことを言って、娘を落ち込ませていたからだ。

実力判定テストは気にしない。そう言われて納得させたつもりが、こうして偏差値を見ては落ち込んでしまう。

気にしないで? いやいや、気にするでしょう。そんなに人間ができていない。実力判定テストは外部の子も受けるので、啓明セミナー内でのみ行われるレビューテストよりも母体が大きく、それゆえに本当の意味での現段階の実力が判定されるものじゃないの? あの子、塾でちゃんと勉強しているのかしら……ああ、いけない。またよくない思考回路になってしまいそうで、美典は頭を振る。

篠崎先生は憧れの学校探しをするのが、成績アップにつながると言っていた。エレナの家でのランチ会でも、そんな話になったことを思い出して気になっている学校のホームページを開く。沙優には女子校が合っているような気もするけれど、共学の大学附属校も気になる。そうだ、と美典はエレナと玲子とのグループLINEを開いた。

[美典]
こんにちは。啓セミの模試、四教科なんと7下がっちゃったよ〜。やばいよね。塾でもいまは憧れの学校を見つけることが成績アップの鍵って言われたから、本腰を入れて調べなくちゃ。沙優は女子校が合ってそうって思っているんだけど、どう思う?

送信してスマホをいったんテーブルに置き、冷蔵庫の麦茶をグラスに入れる。7も下がったと書いてしまったが、沙優のプライバシーもあるし、やめておいたほうがいいかな。そう思ってLINEを見たら、すでに『既読2』がついていて、手の中で短くスマホが震えてエレナのメッセージが届いた。

[ERENA]
六月入ってすぐの模試でしょう。平均点も低かったわね。類に聞いてみたら、算数なんか、授業で習っているものとは違う問題が多く出たみたい。実力判定テストは普段の努力が報われにくい問題が出題されることがあるっていうし、気にしないでいいと思う。とはいえ、一喜一憂してしまうわよね。美典さんも沙優ちゃんもドンマイ!

忙しいエレナがこんなにすぐに返信してくれるなんて、それだけで嬉しかった。さらに、最後のドンマイに美典は心から励まされる。エレナに返信しようとしたら、玲子からもメッセージが届く。

[神取玲子]
この間、鉄アカの公開模試があったんだけど、目も当てられない結果で、塾に電話して相談したから、美典さんの気持ちわかるよ。学校探し、いいわね! 女子校か共学でふるいにかけないほうがいいんじゃないかな。ミッション系の女子校ではカトリックとプロテスタントで校風が違うって、女子ママのお母さんが言っていたわよ。

[美典]
お二人とも即レスありがとうね! エレナさん、平均点、いつもより低かったんだ。偏差値ばかり見ていて、そこまで確認していなかったよ。努力が報われないテストか(涙) 一喜一憂しちゃうものよね。玲子さん、鉄アカの公開模試って優秀層ばかりが受けるから難しいんだろうね! 女子校か共学でふるいにかけないほうがいいのか。たしかに、私学はそれぞれに特色があるものね!

中学受験のことに詳しくて知的な二人だから、的確なアドバイスをくれる。偏差値が7も下がったとバカ正直に書いてしまったと思ったけれど、エレナも玲子も親身になってくれたから結果的にはよかったのかもしれない。

玄関のほうで音がしたと思ったら、リビングのドアが開いて沙優が入ってきた。

「あっ、いたんだ」
「おかえりなさい。もうそんな時間なのね」
「今日パートないんだっけ」
「水曜はお休みだから。それより沙優、ちょっとこれ」

満面の笑みで呼びかける母親に、娘は訝しげな目を向ける。ほら見て、と美典はスマホの画面を見せるようにした。

「ここ、渓星学園中学校っていう学校なんだけど、沙優に合ってそうじゃない? 大学附属で、渓星大学に進学できるの。でも半分近くは外部に進学するから、沙優がほかの大学に進学したければ、そういう選択もできるの」

「ふうん」

意気揚々と説明するも、娘の反応は鈍い。大学のことを言われてもピンと来ないのか?  女子は制服やカフェテリアとか大事なんだっけ。

「ここの校舎が素敵なのよー。昔流行ったドラマの舞台にもなったんだって。たぶんカフェテリアもあるはず。制服もかわいいの。イギリス王室をイメージしたタータンチェックだって」
「お金持ちそう。あたしには合わなくない?」
「そんなことないよ。じゃあ、どういう学校なら自分と合うと思うの?」
「わかんないけど…… 楽しそうなところがいいかな」
「楽しそう?」
「中学って校則があるんでしょ? 厳しくないところがいい。李璃子のお姉ちゃんが中受したみたいなんだけど、すっごい校則が厳しくて中二の時に学校を辞めたんだって」

李璃子というのは、沙優が五年生になって最初の席替えで前後になったのをきっかけに仲良くなったという友達だ。

「そうなの? せっかく入ったのに残念だったわね。わかった、校則が厳しすぎないところね」

たしかに必死の思いで受験して合格しても、合わなくて辞めてしまうこともあるのだろう。制服やカフェテリアだけじゃなく、当然ながら校則を含めた学校の雰囲気というのは大事だ。

そのためにも、入学案内のパンフレットを取り寄せるだけではいけない。実際に足を運んで、そこにいる生徒たちの表情を見ないことにはわからないこともありそうだ。学校選びって、思っている以上に大変なのかもしれない。

類の部屋から出てきた家庭教師に、ありがとうございます、とエレナは笑顔を向けた。評判のいいプロ家庭教師センターから派遣された、算数専門の先生だ。

三十三歳の男性講師は、一橋大出身。帝駒中に何人も合格させている。二時間で二万四千円、相場よりも少し高いところも気に入った。なんでも良いものを手に入れるためには、それなりの対価が求められる。だからこそ、信用できるというもの。

「類くん、とても優秀です。飲み込みが早いので、的確にポイントを伝えると理解してくれます。鉄アカの模試の結果もよかったですね。あれは自信を持っていいと、本人にも伝えました」
「そう言っていただけると、あの子も励みになると思います」

先生を送り出してからリビングに戻ってスマホを見ると、マネージャーの吉野からメッセージが届いていた。『もう着いて、いつものあたりにいます』とあった。『OK』のスタンプを送り、エレナは家を出てマンションの前の道路に向かう。エレナが住む棟にもっとも近い出入り口の出たところに、青いインサイトが停まっていて、エレナに気づいた吉野が運転席から出てきた。

「わざわざごめんね」
「いえ、通り道でしたから。これが特番の台本。で、こっちがスタイリストさんから預かった靴です」
「サンキュ。特番とはいえテレビ番組のアシスタントの仕事って、久しぶりよね。楽しみだわ」
「エレナさんのやる気があるなら、テレビのレギュラーの枠ももらえないか声をかけてみることはできるんですけど」
「類の受験が終わるまでは、ラジオの仕事とエッセイを書いてっていう、このペースがありがたいの」

わかっている、というように吉野は頷くと、運転席に戻った。発進する車にエレナは片手を上げてマンションの棟に戻る。

エレベーターを待っている間に、靴の箱を開けて中を確かめた。この間ファッション誌のインタビューで履いたアライアのBOMBEの真っ白なサンダルが入っている。アンクルブレスレットと華奢なピンヒールのラインが美しくて、まさに一目惚れしてスタイリストさんに頼んで買い取った。サイズが少し大きかったので、一つ下のサイズを用意してくれたのだ。仕事をセーブしていて外に出ることも以前よりは減ったいま、つい普段使いのものが増えてしまうが、こういうラグジュアリーな靴にしか埋められないものがある。

華やいだ気分のまま子供部屋に入ると、類は机に向かって忙しなく手を動かしていた。後ろから覗き込むと、複雑な樹形図を書き出していた。

「先生、飲み込みが早いって褒めてくれたわよ」
「誰にでもそう言っているんだよ」

類は手を動かしたまま、照れを滲ませてうそぶく。少し思春期に差し掛かってきたようだが、反抗期というほどではない。しっかりしているように見られるが、まだ幼さがある息子がかわいい。エレナは類の髪を撫でた。

「お腹減ったでしょう。今晩は角煮と牛蒡を煮たのよ。Xで有名なママがいてね、その息子さんが東大理三なんだけど、試験前日にそのママが作ったのが角煮と牛蒡の煮物だったの。豚は『トン』だから、トントン拍子でうまくいく、牛蒡ってしっかり根を張るって」
「ただのダジャレじゃん」
「どうせ食べるなら、縁起がよいほうがいいでしょう」
「ところでママって、Xしてるんだ。僕もしていい?」

類ははじめて手を止めてこちらを向いた。ええ? とエレナは驚いて目を見開く。

「ダメよ。小学生がするものじゃないわ。ママだって、たまに、見ているだけよ。勝手にアカウント作っちゃダメだからね。あなた、淡田哲次と尾藤エレナの子供っていうだけで注目されやすいんだから、SNSの使い方には慎重にならないと……」
「はいはい、わかったよ。邪魔しないで、あっち行って」
「もう食べる?」
「まだお腹減ってないし、もう少し後でもいい。ちょっとこれを終わらせたいんだ」

類の肩を軽く叩き、エレナは子供部屋を出た。スマホのロックを解除して、Xを開く。ああは言ったが、一四〇字以内で呟くXは、情報収集をするのに適している。類に言ったとおり変な人がいるしフェイクなものに惑わされることも多いが、とにかく情報量が膨大だ。興味のあるアカウントをフォローすればするほど、知りたいことを知ることができるので便利だった。中学受験について呟いている人たちが集まるところは『中受沼』と呼ばれていて、いろんな人と情報交換できるので役立っている。

エレナがXで匿名のアカウント《アマディスのかおり》を作ったのは、類が小三の夏のこと。幼少期から家で鉄アカの通信教育をしていたが、そろそろ通塾させようと、鉄アカの入塾テストを受ける前のことだった。どのように対策すればいいのか知りたくて、Xのアカウントを取得した。

『グッドプレス9』のキャスターをしていた時も、リアルタイムの情報を得るために匿名でアカウントを持っていたが、それとは別のものだ。小学三年生の息子を持つ一人の母親として簡単なプロフィールを載せ、小学生の子供を持つ母親や父親、塾の講師、プロの家庭教師……とにかく中受沼にいる人たちをフォローした。

ここでは、リアルでは言えないことも呟ける。尾藤エレナだと知られることなく、世間の目を気にすることなく、人並み以上に優秀な息子を自慢できる。うまくいかないことを嘆いたり愚痴を吐き出したり、ストレス発散もできた。

――鉄アカの模試デビュー。得意の算数は65超え。凡ミスしなかったら70いけた? 四教科64。はじめてにしてはまずまずかしら。

投稿。まもなく、リプライが来る。《ひよどりママ》からだ。

――他塾だとまだやっていない単元も出たと思いますよ。それで64はさすがです!

相互フォローで一番やりとりをしている《ひよどりママ》は、Xをよく見ているのか、リプライやいいね! の反応がいつも早い。

《ひよどりママ》は類と同い年の息子を鉄アカに入れていて、鉄アカの一番上と、その下のクラスを行き来しているようだった。一人息子という共通点もあり、中受沼でよく呟いている《ひよどりママ》をエレナは早い段階でフォローし、するとすぐに向こうもフォローしてくれて、お互いにやりとりするようになった。

――鉄アカは進度が速いですよね。息子くんとは比べ物にならないですが、優秀な鉄アカ勢の中でがんばったとしましょう!

謙遜してそう書き、最後ににこにこ笑っている絵文字を押して投稿する。

《ひよどりママ》の投稿を見るかぎり、都市部に住んでいるようだ。山手線内で鉄アカがあるのが、新宿、恵比寿、品川、水道橋、高田馬場、四谷だから、そのいずれかの校舎に息子を通わせているのだろう。

《ひよどりママ》自身は、たまに自宅で翻訳の仕事をしているようだが、忙しく働いている様子はない。それでも日常的に成城石井やナショナル麻布で買い物をしているところから生活レベルは高そうだ。高収入の夫がいるか、あるいは太い実家があるのか。匿名の関係だと、ポストの内容から詮索したくなるもの。何歳くらいなのかな、どんな容姿なのか……想像していると、またリプライが届く。

――うちは国語だけ70超でしたが、いろいろやらかして四教科63でした!

文末に冷や汗をたらしてにっこりしている絵文字がついている。

ふうん、国語は70を超えているのか。いろいろやらかして四教科63。類とほとんど変わらないのに、冷や汗でにっこり。内心ではカチンときながらも、

――国語70超! お見事!

そう返して、エレナはスマホを閉じた。

(第六話をお楽しみに!)

イラスト/緒方 環 ※情報は2024年7月号掲載時のものです。 ※情報は2024年6月号掲載時のものです。

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