長女からの一言に、これまでの子育て観が揺らいだという大木優紀さん。“導けばうまくいく”と思っていた子育てから、“手を放す”という選択へ。「本当に子どもの人生を大きく左右する決断をしてよかったのか」という迷いは、今も消えることはありません。長女の将来を考え、移住すべきか悩みましたが、それでも「4人で一緒にいる」ことを選んだ家族でのハワイ移住は、母としての在り方を大きく変えていきました。大木さんの揺れ続ける母としての葛藤を語っていただきました。
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大木優紀さん(45)「夫が主夫になる決断をしてくれてハワイ移住が叶いました」役割が逆転して初めて見えた お互いの大変さ
★ 最初の3ヶ月は長い旅行をしている気分でしたが、徐々に現実を直視するように
★ 本当に学校を辞めさせてよかったのかなって、今でも思います
★ 自信って、親が与えられるものではないんですよね
★ “勝たせてあげる”ことは、もうできないんだなって思ったんです
夫は「おお....ハワイか」と戸惑いつつも、4人で一緒にいくという結論に
日本人の海外旅行先として重要なハワイを再度盛り上げるべく、会社からハワイ出向の打診がありました。家族での移住を考えたときに、当然すぐに「行こう」となったわけではなくて、それぞれの状況を棚卸した上で、何度も話し合い、どうするかを一つずつクリアにしていきました。当時、小学6年生の長女は、私立の小学校を退学しなければならないし、夫も仕事のほとんどは手放さなければいけない状況でした。5月にビザを申請した時点では、取れるかどうかも分からなくて、どうなるんだろうねと、そこまで現実味はありませんでした。
夫はもともと海外旅行が得意なタイプではなくて、移住の話をしたときも「おお、、ハワイか、、」という反応で、戸惑っていました(笑)。長女の卒業を考えると、家族で時期をずらして行くという選択肢もあったんですけど、そうすると1年間家族がバラバラになる可能性もあって。現実的に考えると難しい部分が多くて、最終的には「4人で一緒にいる」という前提を崩さずに考えよう、という結論に至りました。
慎重な長女には、一度現地に連れて行って学校を見せました。見学中に、ちょうど休み時間で生徒たちが一斉に出てきたんです。そのときに、全く違う世界に来たということを感じたのか、すごくびっくりした顔をしていて。
その夜に「やっぱり行かない」と言うかもしれないなと思っていたんですが、意外にも「行ってみたい」と。ただ、重大な決断をまだ12歳の本人に押し付けてしまうのも、親心として少し酷だなと思って。一緒にがんばってみようという伝え方をしました。移住の1カ月前には、それぞれの気持ちも固まって「よし、行こう」となってからは早かったですね。
最初の3ヶ月は長い旅行をしている気分でしたが、徐々に現実を直視するように
ハワイに来てすぐの頃は、まだ“生活”ではなかったんです。最初の3ヶ月くらいは、どこかで長い旅行をしているような感覚で。毎日が新鮮で、非日常の延長みたいな空気がありました。でも半年くらい経ってやっとここで暮らしてるんだなと良くも悪くも実感するようになって。
実際に暮らしてみると、日本との違いは細かいところにたくさんあって。例えば、トイレもそうだし、扉一つとってもきちんとまっすぐ閉まるとか、そういう繊細さって当たり前じゃなかったんだなって(笑)。子どもたちもそれぞれ感じていて、長女は「日本であの文房具が買いたい」と言ったり、息子は「ぷっちょが買えない」って言ったり。そういうすごく小さな違いを重ねながら、少しずつ生活に慣れていった感じです。
本当に学校を辞めさせてよかったのかなって、今でも思います
正直に言うと、今でもふと考えるんです。本当にこの選択でよかったのかなって。日々の生活は回っているし、子どもたちもそれぞれの場所で過ごしているんですけど、どこかでずっと引っかかっている感覚はあって。例えば数年後のことを考えると、息子には元いた私立小学校に戻る選択肢があるけれど、長女には同じレールが残っていない。その現実を考えると、どうしても“出口”を意識してしまう自分がいます。本当は「次の道を用意してあげるよ」と言いたくなるんですけど、それも違うのかなと思っていて。選択肢は見せてあげたいけれど、道をつくるのは本人。家族の選択って、一つの正解があるものではないんだなと、今まさに感じています。
自信って、親が与えられるものではないんですよね
移住する際は、子どもの語学力も多少気にしていました。語学の習得能力って、ある程度の年齢を過ぎるとどうしても限界が見えてしまうじゃないですか。なので、このタイミングでどこまで現地の学校に馴染めるのかな、というのはずっと思っていました。うちの子どもたちは、もともと日本人が多いインターナショナルの保育園に通っていて、英語には触れてきてはいたんですけど、日本人も多かったので、実際にスピーキングとなるとやっぱり難しい。でも、せめてリテラシーだけでも残せたらと思って、とにかく英語の本は読み続けさせていました。長女はコツコツやるタイプで、気がついたら『ハリーポッター』が読めるくらいまでにはなっていて。ただ、完璧にできるようにならないと口に出したくない性格なので、理解はしていても発言はしない。一方で息子は、日本語の読み書きもあまり得意ではなくて、英語もなかなか伸びなかったんですが、初日から「楽しかったー!」って帰ってくるタイプ(笑)。言語の壁があるはずなのに、1ヶ月で「クラスで一番おしゃべり」と言われるくらい馴染んでいたようです。同じ環境でも、ここまで違いが出るんだなというのは、すごく感じていました。
そんな中で、長女にとって大きな出来事がありました。数学の大会でいいスコアを取ったことをきっかけに、数学に強いチャータースクールに転校できることになったんです。アメリカの学校って、できる子をどんどん伸ばしていく考え方があって、先生も引き上げてくれる。その環境にハマったことで、長女の中で自信に繋がっていったのを感じました。
それを見ていて思ったのは、子どもの自信って、親がいくら言葉で与えようとしてもつくものではないんだなということ。外で認められたり、経験を積んだりする中で、初めて前に進む力になるんだなと。ハワイは家にいる時間も長いので、ダラッとしてしまう姿を見て不安になることもあるんですが、こうして自分で前向きなきっかけを掴んでくれたことで、ああ来てよかったなと思えたんです。
“勝たせてあげる”ことは、もうできないんだなって思ったんです
子どもとの向き合い方については、少しずつ変わってきていました。以前は、親が導けばある程度は“勝たせてあげられる”と思っていたんです。足りないところを先回りして補って、小学校受験まではそれでうまくやってきた部分もありました。でも長女に「ママのなってほしい私は、私がなりたい私ではない」と言われたときに、やりたくないことをやらせて結果を出すのは違うなと思ったんです。どれだけ遠回りに見えても、本人が「やりたい」と思ったタイミングでないと意味がない。自信も結果も、自分で取りにいくしかないんだと、私自身も学びました。
だから今は「このタイミングでこれをやっていれば」と思っても、口を出したくなるのをぐっとこらえています。親ができるのは、経験の機会を用意するところまで。その先は、本人が外の世界で認められて、結果を出して、自分の道をつくっていくものなんだなと感じています。寂しさもありますけど、親はマネージャーではなくてサポート役。見守る立場として、応援していくしかないんだと思っています。
撮影/堺優史(MOUSTACHE)取材/小出真梨子 ※衣装は本人私物












