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髙橋 藍選手「初めて自信を持てたのは高校生のとき」先が見えないなか、僕を信じてくれた両親の存在

目覚ましい活躍を遂げるバレーボール男子日本代表。なかでも、世界屈指の守備力と多彩なオフェンススキルを誇る髙橋藍選手は、日本だけでなく世界中のファンから熱い視線を寄せられています。今回はそんな髙橋選手の、厳しい局面でもチームを鼓舞するしなやかな強さと、いつでも自然体な笑顔の源について伺いました。

▼全編動画はこちらから

【INDEX】 ★ 「藍ならできるよ」母の言葉が支えに
★ 初めて自分に自信を持てたのは高校生のとき
★ ポジティブな考え方を育んでくれた両親
★ 海外に行っても変わらない両親との関係
★ 厳しい環境でも自然体でいられる理由
★ 「勇気と信念が世界を変える」
★ もっと上手く、もっと強くなりたい
★ 夢を追う子どもを持つ、STORY読者へ

「藍ならできるよ」母の言葉が支えに

小さい頃からスポーツが好きで、小学校に入る前から父とキャッチボールをしたり、走ったりサッカーをしたり、遊びと言ったら運動をすることだったように思います。

バレーボールは2歳上の兄の影響で小学校2年生から始めたのですが、正直、最初はそんなに好きではありませんでした(笑)。兄が中学に上がり、チームに僕だけが残った時には、もう辞めたくて辞めたくて!コーチに怒られることにも(なんでだよ!)と反発心がありました。母は、僕の言葉を聞き留めてはくれましたが、「藍ならできるよ」と。母からしてみれば、僕の持っている運動神経を最大限に伸ばして欲しいという気持ちがあったのでしょうか、いつも褒めてくれてましたね。

高校時代も練習がきつくて、帰宅も23時…。なかなか楽しいとは思えず、毎日辞めたいなと思ったぐらい追い込まれてはいたのですが、でもそれを乗り越えたからこその今。あのときバレーボールをやめていたら今の自分はないので、声掛けだけでなく、食事や生活面のサポートも含めて、支えてくれた母や父に感謝しています。

初めて自分に自信を持てたのは高校生のとき

正直、自分にあまり自信を持てずにいました。今でも、自信満々というわけではありません。高校3年生でようやく結果が出始め、春高バレーで優勝し、MVPも受賞。そのとき初めて、「自分にも力がついてきたんだな」と、少し自信を持てるようになりました。小学校の卒業文集には「7年後、東京オリンピックに出る」と書いていたんです。ただ、当時は「行けたらいいな」という気持ち。「絶対に出る」と強く思っていたわけではありませんが、チャンスはあると思っていました。スタメンで出られなくても、代表メンバーに選ばれたい。あの舞台に立ってみたい、という思いはありましたね。

その後、18歳で日本代表に入りましたが、代表の壁は厚かったです。東京オリンピックはコロナ禍で1年延期され、19歳で出場して夢は叶いました。でも、その舞台では、まだまだ力が足りないと感じましたし、「もっと自分に力があれば、勝てたのかもしれない」とも思いました。だから、胸を張って「自信がある」と言える瞬間は、なかなかなくて。海外に挑戦し、一人で生活する中で、いろいろな壁を乗り越えてきた今、ようやく自信が持てるようになった気がします。

ポジティブな考え方を育んでくれた両親

今になって思うのですが、両親はいつも前向きな言葉をかけてくれました。バレーボールで成功できるかなんてわからないのに、「藍ならできるよ」と言い続けてくれて。誰よりも僕を信じてくれていたんです。

今でこそ日本代表として戦えていますが、当時は先なんて見えなかった。それでも変わらず信じ、支え続けてくれた。その思いの強さ、揺るがなさを、今になって実感します。「本当に僕を信じてくれていたんだな」と。

世界に出た今も、両親が育んでくれたポジティブな考え方が、僕を支えています。試合に負ければもちろん悔しいけれど、それも自分にとって大切な経験だと捉えられるんです。だから、気持ちが折れることなく、どんな状況でも前を向いていられる。この姿勢は、親や家族から学んだ一生の宝物です。

海外に行っても変わらない両親との関係

海外に行ってからも、家族との関係が大きく変わったわけではありません。ただ、帰国して両親と過ごせる時間は、全部合わせても1週間ほど。だからこそ、離れている間もビデオ通話などでコミュニケーションを取っています。両親はすごく行動力があって、海外にも会いに来てくれるんです。どこまでも追いかけてきてくれるので(笑)、会える機会は意外とあるんですけれどね。

母も一人で海外に行っていた経験があって、自分も海外で暮らすようになり、そのすごさを実感しました。そして、親元を離れて何より感じたのが、親のありがたさです。小さい頃から、帰ったら洗濯物を自分で出すなど、「自分のことは自分でやりなさい」と厳しく言われていました。でも、一人でご飯を作り、洗濯もするようになって、「こんなに大変なことを、ずっとやってくれていたんだな」と。そのことに気づけたのは、僕にとって大きな経験でした。今は家族と会うたびに、感謝の気持ちを持って接しています。一緒に過ごせる時間を大切にしたい。その思いは、海外に行ってから、より強くなりましたね。

厳しい環境でも自然体でいられる理由

海外の厳しい環境でも自然体でいられるのは、家族の中で育んできたものが大きいと思います。うちはコミュニケーションをすごく大切にする家族で、食事のときも、いつもよく話していました。今でも仲がよくて、家族が集まるとたくさん喋ります。

だから、海外でも自分から選手たちに話しかけようと思えたのかもしれません。最初は言葉が通じなくて、しんどいこともありましたが、「なんとか英語を話せるようになって、みんなとコミュニケーションを取るんだ」という気持ちが強かったんです。少しずつ話せるようになると、どんどん楽しくなっていきました。今では、海外でもストレスなく生活できています。両親から受け継いだ、人と関わることを楽しむ気持ちや、家族との会話で培った力が、今の僕を支えてくれているんだと思います。

「勇気と信念が世界を変える」

僕にはすごく大切にしている言葉があります。それは「勇気と信念が世界を変える」。

初めてイタリアリーグに挑戦したときのこと。当時は大学2年生で、英語もイタリア語も話せず、イタリアリーグのこともよく知らない状態。選手としても、まだ世界との差がある中での挑戦でした。飛び込む勇気はもちろんですが、何より大切だったのが自分自身を信じること。そこで成長できる保証はありませんし、挫折して、バレーを辞めたくなるかもしれない。それでも、自分を信じて挑戦したからこそ、今の僕があると思っています。実際、海外で経験を重ねる中で、僕のバレーの世界は大きく広がりました。この言葉は、まさに自分の歩みそのものだと感じています。

もっと上手く、もっと強くなりたい

僕が何より大切にしているのは、感謝の気持ちです。もちろん結果を残すことも、感謝や恩返しの気持ちにつながっていくと思うんです。でも間違いなく、自分一人の力ではここに到達することはできませんでした。いろんな方々の支えや協力、沢山のサポート、もちろんファンの方も含めて、本当にたくさんのサポートがあって、目標に近づけています。試合が終わったあとも、まずは家族や支えてくださる方々への感謝を忘れない。そして、謙虚でいること。今の自分に満足せず、もっと上手く、もっと強くなりたい。その気持ちは、常に持ち続けていたいですね。

夢を追う子どもを持つ、STORY読者へ

夢があるって、本当に素晴らしいことだと思います。僕も、最初から大きな夢を持ってバレーボールを始めたわけではなくて、なんとなく始めたところから、続けていくうちに「オリンピック選手になりたい」「オリンピックでメダルを取りたい」という夢が生まれてきたんです。子どもたちにはもちろん、子どもの頃の自分にも伝えたいのですが、挑戦できる環境があるなら、ぜひ挑戦してほしいですね。「うまくいくかな、うまくいかなかったらどうしよう」という不安は、もちろんあると思います。それは、僕の両親にもあったはずです。

それでも両親は、僕が「やりたい」と言ったことに挑戦させてくれました。何でもかんでも、というわけではありませんが、バレーボールに関しては、送り迎えをしたり、お弁当を作ったり、全力でサポートしてくれたんです。そんな支えがあったからこそ、僕は挑戦を続けられました。両親も、僕の未来がどうなるかわからない中で、背中を押してくれていたんですよね。今でも、「あれでよかったのかな」「間違っていなかったかな」と、当時の迷いや不安を話してくれることがあります。それでも、僕の気持ちを信じて、応援し続けてくれました。

その結果、今の僕がいるわけですが、今ここにいることだけで、成功か失敗かを決められるものではないと思っています。夢を追いかけていく、その過程そのものが人生なんじゃないかなと。うまくいくことも、うまくいかないことも、自分の成長につながり、自分の人生の一部になっていく。僕は、そういうものだと思うんです。だから、僕の両親がずっと背中を押してくれたように、親御さんには、子どもたちの「挑戦したい」「この夢を追いかけたい」という気持ちを信じて、全力で支えてあげてほしいですね。僕自身がそうやって育ててもらったので、自分の経験として伝えられることだと思っています。

髙橋藍さん PROFILE 2001年9月2日生まれ、京都府出身。

兄の影響で小学2年生からバレーボールを始める。東山高校3年時にキャプテンとして活躍し、春高バレー優勝。自身も最優秀選手賞に輝いた。直後の2020年2月に日本代表メンバーに選出されると、翌2021年には東京2020オリンピックに出場。全試合にスタメン出場し、29年ぶりのベスト8進出に貢献した。2021年からイタリア・セリエAで3シーズンプレーし、パリ2024オリンピックでも2大会連続のベスト8進出に貢献。2024-25シーズンは大同生命SVリーグのサントリーサンバーズ大阪でプレーしている。
STORY YouTubeで子どもたちと共演! STORY YouTubeでは、髙橋選手が男子校バレーボール部を訪問し、生徒たちのピュアな質問に回答。スーパースターとの時間に大興奮の中高生に、思わず顔が綻ぶ髙橋選手にも注目です!

★YouTubeリンク入ります★

取材・文/竹永久美子 構成/松矢花奈

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