ラグビーや野球、サッカーなど体育会系の部活に所属している高校3年生の息子を持つ母親たちから以下のような声が聞こえてきます。
「部活の練習がなくなって息子が抜け殻のようになっている」
「高校生活の集大成となるはずだった大会がなくなり、息子が落ち込んでいる」
母親でもどうしたらいいか分からない!子供達の心のケアについて専門家に話を伺いました。
★ 専門家に聞いてみました…… ① 精神科医
精神科医 名越康文さん
1960年生まれ。専門は思春期青春医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立大学中宮病院(現:大阪精神医療センター)にて精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオなどでコメンテーター、映画評論など様々な分野で活躍中。
〜 心の問題は予想以上に長い時間を経て、やっと言語化できるもの 〜
心理学的に言うと、子どもの自立は10歳頃からさせてゆくのが基本です。
日本の子育ては母子密着型。特に体育会系男子ママは優勝に向かって、子どもの手足のように必死になって一緒に歩んでいますから母親は深いダメージを受けます。壁にぶつかった直後は自分でも何が起きてるのか把握できません。
例えばペットロスで鬱になった人が隣人から「また飼えばいいじゃん」と言われたら余計にショックを受けてしまうように、心に共感してもらうことは難しいものです。さらに、自分の喪失感を理解してもらうために言葉にしようとしても、それは何カ月も、場合によっては何年もかかることが珍しくありません。そういう期間を経て、少しずつ人に話せるようになってやっと問題が〝意識〟できます。そこから着実に心は回復してゆきます。
親は子どもに心血を注ぎますが、だからこそ自分を省みることは不十分です。何か子どもにアプローチしたいと思った時、一旦「これは自分の不安の解消のためではないか」と思うだけでも過剰な行為が減ります。
もし子どもに何か言ってしまった後でも「あっ、こんなに怒りや悲しみがこみ上げるのは自分中心に考えているのかも」と反省できると、確実に自制心が発揮できます。お互い深傷を負わなくて済むのです。
Q1:大会や試合が中止になった時、どのような言葉を息子にかけたら 良いのか分かりません
いったん諦めるということで節目をつけさせようとしたのだが、「しょうがない」という言葉をかけるタイミングが早すぎたのでしょうか。こういうことは大人同士の関係の中でもあって、その多くが、言葉をかける側の心も不安や焦り、やり切れない気持ちに支配されている時です。
慰める側、つまり親が実はその不安的な気持ちに耐えられなくなっていて、早く結論を出したいという心の合理化を子どもに押し付けてしまっているのかもしれません。声をかける必要はありません。美味しいものを食べさせる、一緒に散歩する、一緒に買物に行くなど、子どもにやってあげられることは山のようにあります。
干渉するのでもなく、放っておけというのでもないのです。「あなたの味方でいたい、いつでもあなたに協力するよ」という気持ちをこめて、普段やっている親のありがたい気遣いを示していただくだけで良いのです。
落ち込んでいるということを親が受け入れてくれるだけで、子どもはどんなに気が楽になることか。自分が不安だから声をかけているのだ、ということを直感できたらもう大丈夫です。
Q2:最後まで本人の自主性に任せても 良いのでしょうか?
時間のある時に、子どもに助言をしている姿をありありと想像してシミュレーションしてみることも良いのかもしれません。そうするとその結果を予測できるようになります。
素直に親の助言を受け入れてくれるのか、もしくは拒絶されるのか。それが納得できるとまずは効果のない行動が減ります。そのうえで、お互いにゆっくり話す機会をもうけて、お茶を入れて相手の意見を挟まずに聞こうとする機会を持てれば良いですね。
Q3:大学受験との兼ね合いもあり、どこまでやらせるべきか悩んでいます
子どもとどうしたいか話し合うのが良いのではないでしょうか。文武両道と言いますが、実際には急な方向転換は大きなストレスのはずです。「あなたがどこまでどういう風にやりたいのか、素直な本音を聞かせてほしい」とお茶やケーキでも食べながら話し合ってみてください。
その時に、「どう考えてるの!」と焦って態度を迫るように聞くと、相手も閉ざしてしまいます。子どもを尊敬し自分の感情を少し切り離して冷静になり、子どもの考えに興味を持って話をすることが理想です。高3にもなれば、人との距離をはかることができるので、親さえ冷静になれば話が通るはずです。
もし家では難しいと思えば、人の目があるファミレスなどに行って冷静に話を聞いてください。その時は、今回はこのこと以外は話をしない、と論点をくくること。あの時も、あの時も、と遡って言い出したら感情的になってしまいます。
Q4:今、無気力状態です。親としてすべきことはありますか?
スポーツ推薦で入ってきたアスリートの子ども達を、急に勉強へと向かわせるのは時間がかかるかもしれません。これは一つの参考意見にすぎませんが、勉強だけでなく、デザイナーや技術者、職人など、身体技能やセンスを使って仕事をする道も、本人がその気になったらできるかもしれませんね。
実技的なことを学べる学校への進学なども視野に入れると選択肢が広がります。問題なのは、子どもが無気力になっているということです。その子の興味を惹くのは何だろうというところから考えなければなりません。暫くゆっくりと休息を取らせることと、興味を持てるものを探す、この2つが必要です。
いきなり、「何に興味があるの?」とせっつくと、たぶん凹んでしまいます。子どもの興味は親の経験値の外側にある可能性もあります。サラリーマンの親なら、第一次・第二次産業なども視野に入れるのも良いのです。親も知識の幅を広げましょう。
★ 専門家に聞いてみました…… ② スポーツ心理学者
スポーツ心理学者 荒木香織さん
日本大学文理学部体育学科卒業後、ノーザンアイオワ大学大学院で修士、ノースカロライナ大学グリーンズボロ校で博士課程修了。2012年~2015年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務める。アジア南太平洋スポーツ心理学会副会長や日本スポーツ心理学会理事など役職も多数。園田学園女子大学教授。
〜 まずは大人たちが子どもの環境の変化について理解をし、丁寧に過ごす姿を見せること 〜
コロナ禍で部活や大会がなくなっても、子どもたちの人生は続きます。
高校3年生まで情熱を傾けることがあるのは素晴らしいことです。個人競技でのミスや結果は個人が責任を負えば済みますが、チーム競技のミスや結果はチーム全体で考えていく必要があることが多いため、落ち込み方も違うのかもしれません。
日頃から父親母親関係なく、親族を含む多くの大人が「あなた」の存在を大切にしているということを伝えておくといいですね。誰に心を開くかは、本人が決めることです。家庭によって状況はそれぞれです。
父親が息子の部活動に関心がなく、母親がすべて背負っていると相談を受けることもあります。もしかすると父親もそのような経験をして育ってきたのかもしれませんね。さらに、息子に関心を向ける時間的・情緒的余裕がないのかもしれません。その場合、まずは父親の現状についてよく把握しておくことも大事。
もし子どもの落ち込み方がひどい場合は心療内科に頼ってみるのも手です。個人差はありますが、1週間程度食事を口にすることができない、ぐっすり眠ることができない、動悸・息切れがする、腹痛・頭痛が続く、涙が止まらない、気持ちが不安定、などの症状が見られた場合は病院で診てもらいましょう。
Q1:大会や試合が中止になった時、どのような言葉を息子にかけたら 良いのか分かりません
1つは声をかけないことです。
普段どおりに接しながら、もし子どもがそのことについて話をすることがあれば、しっかりと聞いてあげることが大切です。悲しかったりどうしようもない気持ちを、親が真剣に理解しようとする姿勢を見せることが最適です。
逆に、大人の経験や価値観に沿った、正しいと思われるような意見やアドバイスを口にすることは絶対に避けましょう。
Q2:最後まで本人の自主性に任せても 良いのでしょうか?
周囲の人に負担をかけすぎる。または、金銭的に融通がきかない……そのような状況において、子ども本人に決断を任せられない場合は、任せられない理由について説明をする必要があるでしょう。
自主性とは、ある程度制限された環境の中での判断や行動です。なので、可能な範囲の選択肢を提供したうえで、本人に任せることが適切です。
Q3:大学受験との兼ね合いもあり、どこまでやらせるべきか悩んでいます
トレーニングをするから勉強する時間が取れない。もしくは、勉強をしたらトレーニングをやめなければならない、といった極端な考え方を止めることが必要です。
プロを目指すことを諦める必要はありませんが、それでも勉強は継続する必要があります。アスリートにとって必要なことは、フィジカルのトレーニングだけではありません。
Q4:今、無気力状態です。親としてすべきことはありますか?
現状を見据えて、できることから取り組みましょう。親としてできることは、学校関係者や子どもとよく話し合うことにより、最善の選択をすることです。小さい頃からスポーツに取り組んできた経験は、なくなるものではないので、活かしていきましょう。
★ インタビュー……オリンピック委員会(JOC)会長 山下泰裕さん
「理不尽なことにぶつかることだってある。 でも、その経験は 絶対に人生の糧となる。 だから決して短期的な目で見ないでください。」
運動部だけじゃなく、多くの高校生が仲間と力を合わせて目標に向けて取り組んできたと思います。このコロナ禍で大会がなくなってどんな気持ちになるかということは、私もよく分かります。私自身、1980年のモスクワオリンピックのボイコットを経験しているからです。
それだけではありません。1977年にバルセロナで開催予定だった世界柔道選手権大会も、政治騒動によってスペインへ出発する前日に中止になったのです。目標を見失った時は何も考えられません。落ち込んでいいんです。
ただ、人生にはそういうことが度々起こります。大事なのはどこかでもう一度立ち上がり、次の目標を見つけて歩き始めること。それがないと、君たちは今まで何のためにスポーツをやってきたんだ! と言いたくなります。スポーツの本当の価値は「勝ったか、負けたか」ではないんです。
スポーツを通して経験してきたことは、人生で経験することと同じことだと思っています。私がいちばん大事にしているフェアプレーの精神は、スポーツの場だけでなく普段の生活にいかしてこそ本当の価値が出るのです。失敗しても己を見失わず立ち上がり、理不尽なことがあっても最終的に結果を受け入れてまた頑張っていく。スポーツが目指すべきものは人生の勝利です。本当に自分のやりたいことを見つけて、粘り強くやった人間が最終的な勝者になる。そういう人間になってほしいと思いますね。
大会がなくなったとしても、みんなが頑張ってきたことは決して無駄ではないし、さらに言えば、そういう思いをしているのは君だけじゃない。世界中で、多くの同年代の子が同じ思いをしているのです。痛みを知ることは決して無駄ではないし、失敗することで他人の痛みが分かることもある。
大事なことはスポーツを通して学んだことを人生に活かすこと。そして、同じような経験をした人に寄り添う力になることです。子どもは大人の影響を大きく受けますからね。七回転んでも八回起き上がる人になってほしい。それが本当のスポーツの役割だと思っています。
撮影/吉澤健太 取材·文/北野法子 ※情報は2020年12月号掲載時のものです。
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