元なでしこリーグ選手で今は男性として生きる3人ユニット『ミュータントウェーブ。』インタビューの第3回は、あさひさんこと、山本朝陽さんのこれまでを語っていただきました。マイノリティとして生きてきたからこその経験や気づきが、今のコーチングの原動力になっているそうです。
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★ 手術はゴールでなくスタートだと気づいたとき、これからの生き方を自問しました
★ 誰しも持つ“違和感”や“緊張”に寄り添うためにコーチングをしています
カミングアウト後の無視から、自分の口から正面切って言うことの大切さを知りました
朝陽さんは、こどものころから女の子として見られることが嫌だと思ってはいましたが、自分のセクシュアリティに疑問を持ったのは中学生のころでした。「惹かれた人が女性だったんですね。サッカーチームではメンズと女の子が付き合っていても、特別視されることはなかったので、みなオープンでしたが、学校ではそうではなくて。多感な時期の女子たちが彼氏の話で盛り上がっている中で、ここで自分の話はできないなと思っていました」。
高校は宮城のサッカー強豪校に進学。そのころ、スマホを持つようになり、SNSでトランスジェンダーの方たちの発信を見て、「胸がとれるんだ、こんな風に生きられるんだということを初めて知ったんです。ずっと持っていた自分の性への違和感が確信になった瞬間でした」。そんなとき、迷いなく男として生きていくと公言している後輩が身近にいて、彼に刺激を受けて「隣の席の子と、もう一人、親しい子に話しをしました」。ところが、その直後から、急に周囲に無視されたり、呼び出されて怒られたりするようになったのだと言います。どうやら、話をした相手が、自分がいない場所で他人に話してしまった(“アウティング”と呼ばれる行為)らしいのです。
「当時付き合っていた彼女までも無視されるようになり、巻き込んでしまったと思うと辛かったですね。自分のことがどんなふうに伝えられたのかはわからないんですが、他人から伝え聞くと、情報はちゃんと伝わらないと、学びました。以来、自分の口から正面切って言うことにしたんです。すると、『実は自分もトランスジェンダーなんです……』とカミングアウトする人も出てきて、学校の雰囲気が大きく変わりました」
手術はゴールでなくスタートだと気づいたとき、これからの生き方を自問しました
その後、日本体育大学に進学し、大学リーグ、なでしこリーグで活動しましたが、卒業後は「女子サッカーというカテゴリーではなく、自分の人生を歩みたい」という思いから、サッカーを引退。大学に残って指導者の道に進むと同時に、ホルモン治療を開始しました。「当時は、戸籍を男性に変えることにすごくこだわっていたんです」。そのためには、ホルモン治療を1年続け、お金を貯めて手術を受ける必要がありました。家族は『あなたの生き方を否定はしないけれど、体の負担の方が大きくない?』と心配してくれましたが、決意は固く、24歳になってすぐ、タイで手術を受けました。
「手術したら、見違えるように何かが変わると思っていたんです。でも、手術が終わってベッドで目を開けたとき、何も変わっていない自分に気づき、衝撃を受けました。自分は、いったい何をやりたかったんだっけ?と。そのとき、これからどうしていきたいのか、が一番重要なんだ、ということに初めて気づいたんです」。
誰しも持つ“違和感”や“緊張”に寄り添うためにコーチングをしています
考えて出たひとつの答えがメンタルトレーニングでした。大学でサッカーのコーチをしていたこともありましたが、「自分が抱えていたジェンダーへのコンプレックスもありました。それに加えて、高校時代、サッカーの強豪校にいたのに、ケガでほとんどチームに貢献できななかった自分を責める気持ちが強くありました。だからこそ、コーチングを学びたいと思ったんです」。戸籍を変更してからは、フリーターをしながら、コーチング・メンタルトレーニングを勉強。その後、社会人経験を積むべく企業に就職し、訪問販売をしていた時期もありました。「どの経験も今となってはすごく貴重でした」。
「コーチング・メンタルトレーニングの仕事は今も続けています。ミュータントウェーブ。の活動を始めて、YouTubeで情報を発信して、当事者や周囲の人たちにLGBTQについて知ってもらう一方で、自分たちが伝えることで、自分がLGBTQだと気づいたり、心に何かを負う人もきっと出てくるのではないかと思ったんです。そこで、そういう方をケアする場所も用意したいと考えました」。現在、コーチングのクライアントには、LGBTQ当事者や、強豪校のサッカー選手だけでなく、プロスポーツ選手や、何らかのマイノリティ要素を持つ人、依存症の人などさまざまな方がいるそうです。今後は、企業の福利厚生の一環として、利用してもらえないかなど、構想を広げているんだそう。「依存症でも、コンプレックスでも 表に出てくる症状は違うけれど、実は、根っこの部分はひとつなんです。誰しも持つ可能性がある違和感とか、緊張などは、目には見えないものですよね。僕らは、そういう、“心の中にあって、目には見えないもの”を大事にしていきたいと思っているんです」
撮影協力/MINT 撮影/西あかり 取材/秋元恵美