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Lifestyle私たちのチャレンジSTORY

鈴木蘭々さん 国民的人気者だったからこそ、いま思えることとは?

幼いときに芸能界にデビューし、人気絶頂を経験したアイドルや子役さんたち。大人になっても芸能活動を続けている方もいれば、違う世界に飛び込んだ方もいます。40代になった今、当時自分に向けられた熱狂をどう感じているか、また、それが、その後の人生にどんな影響を与えたのかを、お話しいただきました。

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鈴木蘭々さん 48歳・東京都在住
女優・タレント・歌手・実業家

国民的人気だったからこそ、今思う
「長く愛される物作りがしたい」

鈴木蘭々さんがデビューしたのは13歳のとき。「アイドルに憧れ、スカウトされたくて、春休みに原宿を歩き回ったんです。すると、スカウトマンから声をかけられ、名刺がたくさん集まりました。親に話したら叱られそうだったので、自分で一軒一軒電話をかけて、ここぞという事務所に所属しました」。

雑誌主催の「ミスチャンピオン」の準グランプリに選ばれ、グラビアデビューを果たしましたが、その後は、「CMのオーディションを受けては落ちるの繰り返し。自己主張が強くて、サンタや森の妖精のコスプレ風衣装で面接を受けていたんですよね」。

ところが、あるとき、業界で有名な敏腕監督の目にとまり、資生堂のティーン向けCMに大抜擢されたのです。これを機に、話題のドラマに出演するなど、道が開けていきました。「高校時代、登校前に〝ポンキッキーズ〟を毎朝見ていました。子ども向けとは思えないオシャレな雰囲気で、これに出演したいと切望しました」。おりしも番組改編のオーディションがあり、見事合格。安室奈美恵さんとコンビを組んで、ウサギのぬいぐるみを着た「シスターラビッツ」として登場すると、大ブレークして、一躍国民的なアイドルに。すぐに歌手デビューを果たし、バラエティ番組にもひっぱりだこ。’96年から2年連続でCMの女王にも輝きました。「2年半休みがありませんでしたが、やりたいことだったので、ストレスは感じなかったんです」。

そうやって5年間全力疾走したある日、「CMも歌も出たかった番組にも出られて、夢が全部叶ったと感じ、心にぽっかり穴が開いたような感覚に襲われました。何かを変えたくて、『ニューヨークに留学したい』とダメ元で事務所の社長に頼むと、意外にも『いいよ』と言ってくれて。それで、仕事を1年休み、渡米しました」。

充実した日々を満喫し、帰国後、復帰しましたが、「世間が求めている少年っぽい鈴木蘭々と、今の自分は合致していないなと感じたんです」。そこで、事務所を移籍し、活動の主軸を舞台に移しました。「開幕12日前に代役を任されたことがありました。ずっとレッスンは続けていたので体は動き、セリフも5日で覚えられました。そのとき、自分はこんなにできるんだ、と思えたんです。その後、何度も代役を受けましたが、リスクをとってチャレンジすることで、自信が持てた気がします」。

20代後半から、芸能活動以外にも仕事を持ちたいと考え、解剖生理学の学校に通うなど模索を始めました。同じ頃、「しつこいあごニキビに悩まされ、オーガニック化粧品を試したところ肌に合ったんです。年齢を重ねるにつれ、植物系でアンチエイジングもできる化粧品があればと思うように。当時、芸能人で服やバッグのプロデュースをする方が出てきて、コスメでもできないかと、周囲に相談したところ、卓越した技術を持つメーカーさんに出合ったんです」。そこで、プロデュースだけではなく、コスメブランドを立ち上げ、開発から販売までしようと会社を設立。38歳のときでした。

歌手活動は’05年でいったん終了していましたが、鈴木さんの歌の大ファンと語るプロデューサーと出会い、ライブをしようと強く勧められたのは’18年のこと。「固辞したんですが、デビュー30周年でもあり、また、会場で自社製品の販売ができるかもとも思い、開催しました。何事もやってみないとわからないし、やればスキルアップしますよね。すると、ライブでご縁が繫がり、今年、初のベストアルバムも出すことになったんです」。

現在は、社長業と芸能活動を両立する鈴木さん。「人気商売をしてきたからこそ思うのですが、トレンド商品を次々作るのではなく、気に入って長く使ってもらえるものを作りたい。流行に乗るのは素晴らしいけれど、それだけがいいとは思わない。ただ、若いときに『やり切った』と思うまでやれたのはよかったです。あの自分がいたからこそ、今の私がいるのだから。そして、私の周りにはいつも信頼できる人がいてくれるんです。それがいちばんの幸せですね」。

13歳で自分で事務所を選んだというしっかり者。「今より、若いときのほうが、こうしたい、そのためにはこうしよう、というふうに自分の道がはっきり見えていた気がします」

解剖生理学の授業で最も感動したのは「細胞学」だそう。「人は60兆個の細胞には生きようというエネルギーしかない。キズが治るのも細胞が再生するから。細胞すごーい! と思いました」

スキンケアブランドをプロデュース

〈右2本〉幹細胞培養エキス、EGFなどの美容成分をフリーズドライで閉じ込めた防腐剤不使用の美容液。セル フュエル セラム ¥16,200 〈左〉タマランスキンオイル¥5,280(ともにナリアコスメティック)

ベスト盤CDをリリース

芸能生活35年を迎え、初のベストアルバム『鈴木蘭々All Time Best~Yesterday & Today~』を発売。シングル曲に加え、新曲3曲を収録。特に注目は、筒美京平氏作曲・鈴木蘭々作詞の新曲『戦場のラブレター』。

Her history

  • 13歳で芸能界入り原宿でスカウトされ、芸能界入り。「ミスチャンピオン」の準グランプリに。主に雑誌表紙モデルとしても活動し、資生堂のCMに抜擢された。
  • 「ポンキッキーズ」で大ブレーク94年の出演当初は、普通の衣装を着ていたが、ウサギの着ぐるみを着たスタイルが爆発的人気に。「シスターラビッツ」としてアイドルに。
  • 「歌手デビュー〜CMの女王に’95年に筒美京平作曲・自身の作詞『泣かないぞェ』で歌手デビュー。’96年、’97年の2年にわたり、CMの女王に輝き、連続ドラマで初主演。
  • NOW! Instagramで日常をアップ写真はインスタにアップされた愛猫とのツーショット。昔と変わらない美しさに「素敵」とのコメントが殺到中。’18年から歌手活動を再開。

<編集後記>飾らず気さくなお人柄。終始楽しく和やかな撮影に 蘭々さんが「ポンキッキーズ」に出ていらっしゃるのを毎朝見ており、可愛くて、大ファンでした。大人っぽくなられても、当時の透明感はそのままでお肌もピカピカでした。いただいた美容液とオイルを使わせていただきましたが、私はオイルのとりこに。独特の香りですが、これが逆に癖になります。乾燥がちな肌もしっとりです(ライター 秋元恵美)

撮影/BOCO ヘア・メーク/Mao〈マクスタア〉 取材/秋元恵美 ※情報は2023年11号掲載時のものです。

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