進みつつあるジェンダーレス社会について、私たち親は、娘や息子たちにうまく説明できるでしょうか? ジェンダー研究の第一人者に聞きます。
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「齢(よわい)を重ねる」という表現を「弱いを重ねる」と言い換えるようになりました
STORY編集部ライター東理恵:以前の回は、若さ=生産性という価値観の考えが多いため、若い人ほど働ける、効率が良い、とみなされがちで、高齢者になり、年齢が上がると「役に立たない」という誤ったラベルが貼られやすいというお話をお聞きしました。また、若い女性を魅力や価値があると結びつける古い価値観も残っているため、高齢女性はより、肩身の狭さを感じていると。そこで、上野さんの新刊に書かれていた事例が興味深かったです。
上野先生:講演会後の一番最後に、男性が決まって私のところに言いにくる。「私は老人会の会長をしてまして、町内のお世話やボランティアなど、日々前向きに過ごしております。いくつになっても社会に貢献して生きるのが私のモットーです」と(笑)。
東:それで、先生が出会うたびに「人間、役に立たなきゃ生きてちゃいかんか?」と言うとか。たしかにそうですよね。生きているだけで十分なのに 。
上野先生:そうです。この価値観で、長いあいだきっと自分に鞭を打って生きてきたのでしょう。そして、その報いが自分に跳ね返ってくるのが「老い」だと思います。私は「老いる」ということは、誰もがケアを必要とする身になっていくプロセスだと感じています。心や体、そして頭の機能も、年齢を重ねれば少しずつ変化していくのは当然のこと。ちなみに私は現在、喜寿──77 歳です。誰しも、少しずつそうなっていくものですね。最近は、自分の体の部品があちこち故障してきているのが、よくわかります(笑)。「老いても前向きで」や、「最後まで元気で」なんて無理ですよ。
東:私自身、先生が書かれていたこの一節に共感し、大変腑に落ちました。
“「老いる」ということばを「老い衰える」とたたみかけ、
「齢(よわい)を重ねる」という表現を「弱いを重ねる」と言い換えるようになった”
上野先生:いいところを拾ってくれましたね(笑)そうです。「老いても前向きで」「最後まで元気で」なんて無理です。自分の親をみていたら思うでしょ!?実は私、先日「腰椎圧迫骨折」しました。
東:え~っ!大丈夫ですか!?なぜそんな大ケガを?
上野先生:転倒事故です。エスカレーターでの完全転倒です。上りのエスカレーターでキャリーを引っ張っていたのですが、その重さでバランス崩し、背中からドーンと倒れちゃって。そのまま体が上向いた仰向けの状態でエスカレーターがどんどん上がっていく……「え、私このままどうなるの ?」と思っていたところ、上で知らないおじさんが両足を持ってひゅっと降ろしてくれたのよ。あまりの痛みで立ち上がれなくて…。
東:聞いてるだけで痛そうです!ガンガンガンガンと、背中打ち続けていたとことですか!エスカレーター、怖いですよね。でも、上に人がいて良かったですよね……
上野先生:逆に、下に人がいなくて良かったです。下に人がいた場合、私がドミノ倒しにさせてしまい、加害者になってしまった可能性があります。キャリー怖いよ。キャリーも重すぎたからねぇ 。それと「変形性股関節症」にもなりました。私ほどの年代になる…と、膝や股関節などの関節部分に支障がでるのよ。股関節の間の軟骨が日々、すこしずつすり減って、痛みが出ます。
東:日常で徐々にすり減っていくのですか?少し痛いなと感じて、病院へ行くとそうなっていたという?
上野先生:そうそう。部品がね、少しづつ故障していくのよ。あともうひとつ、最近乳がんで、胸を片方失いました。
20年ほど乳がんと戦った姉の最期を見届け、生きる希望湧いてきました
東:え!乳がんの手術をなさったのですか?予防でもなく?
上野先生:はい、乳がんです。予防ではありません。母が乳がんで亡くなっているから、自分がハイリスクだとはわかっていたから、毎年検診に行って、マンモも撮ってもらってたいたのだけれど、「グレーだから精密検査して」って言われて精密検査したらその場でクロ。そういう流れで順番にこうなっていった、って感じです。私はステージ 1 で、あっという間に手術してもらいました。とりあえずは大丈夫ですが、検査は継続していきますよ。
東:私もがん家系で、毎年マンモに行きます。母もおととし初期の乳がんで片方を切除し、姉は 20 年ほど乳がんと戦っていましたが、脳に転移してしまい、今年 56 歳で亡くなりました。
上野先生:若いね……。
東:ただ姉は最期に緩和ケアを選び、仲の良かった友達に会いまくっていたり、一人で映画を観たり、大阪万博には 2 回も行きましたし、本当に楽しんでいましたよ。私も遺伝性のがんを疑われているので、姉から亡くなる前に調べろと封書で送られてきています。姉の娘は検査で、遺伝性がんの遺伝子があると分かりました。
上野先生:その姪御さんに言ってあげて。早期発見したら、今もうがんは全く何の死ぬ病気でも亡くなったよと。チェックして、早期発見してすれば問題ないから。
東:本当にそうです。実際に経験すると。娘が「触らせて」とお願いしたら、母が、手術前の胸のしこりと、手術で取ったあとの胸を触らせてくれて。娘は「これが本物のがんか」という感触を感じていました。私も触らせてもらったら、本当にコリコリ。娘も私にとっても、すごく貴重な経験になりました。それから、姉が生き抜いた姿を娘も私も見ることができて、本当によかったです。乳がん発見から 30 年、ずっと戦っていましたが、普通に元気に暮らしていましたし、姉が自分の最期を決めたときも、「やりたいことを思いっきりやろう」と楽しんで。家族も「元気なうちに」と、前撮りで成人式の着物を着てみんなで撮影したり。上野さんが良く話されている介護保険ももちろん使って。姉の最期を見て、私もなんとなく 生きる希望が湧いていました。
上野先生:在宅で緩和ケア。在宅ホスピス緩和ケアで、最高だね。ちゃんと主治医がついたんだね。よかったね~、家にいられて。家族も一緒にいられて。
東:はい、良かったです。そういった最期の姿をしっかり見せるという必要性を感じました。
上野先生:子どもや孫はちゃんと最期は見た方がいいよ。それを最期の教育といいます。ケアをする立場の人は、それが良い時間になることもあります。ケアをされる立場には遠慮は要りません。
取材・文/東 理恵 構成/玉榮日菜子

















