年々盛り上がりを見せる、女子スケートボード界。中でも、素晴らしい演技と弾ける笑顔が魅力の四十住さくら選手は、子どもたちが憧れてやまない選手のひとりです。
STORYでは、そんな彼女に競技人生を通じて得た学びを独占インタビュー。今では幼少期から競技スポーツに打ち込む子どもが多い中、小学校6年生から始めてプロを目指した四十住選手。ご本人の並々ならぬ覚悟と、「家族一丸だった」と語る、ご家族の本気のサポートについて伺いました。
私たち親世代にとって学び多きお話が盛りだくさん。子どもへの向き合い方や声のかけ方なども、ぜひ参考にしてください。
★ 女の子同士のコミュニティが羨ましい
★ 学校、塾、練習...帰宅は2時を過ぎる日も
★ 「日本一になる覚悟があるなら応援する」
★ 世界の頂点に立つことは家族の夢だった
★ 笑顔の秘訣は...
きっかけは「お兄ちゃんと遊びたい!」
スケートボードを始めたのは、小学校6年生の夏休み。
兄に「一緒に遊びたい!」とお願いしたら、「スケートボードできないからダメ」と言われ、「じゃあスケートボード練習する!」と。兄からお下がりでもらったスケートボードで家の前で練習し、少しできるようになったので「遊んで」と言った時には、もうすでに兄は違う遊びに(笑)。
ただ、兄と遊ぶことよりもスケートボードの楽しさを知ってしまった私は、夢中になって毎日練習し続けるようになりました。
時間をかけて技ができた時の達成感や、練習してきた技を大会で出せて結果に残った時、友達と一緒に遊んでる時もすごく楽しくて……。スケートボードの魅力は語り尽くせません。
女の子同士のコミュニティが羨ましい
スケートボードがオリンピック競技となって大きく変わったのは、やはり環境だと思います。
以前は練習できるパークが周りになく、私はずっと県外に行っていましたし、海外にも遠征しました。今は東京にも充実したパークがありますし、九州の方にもできてきて、本当に環境的にはバッチリなんじゃないかなと思います。
あと、女の子のスケーターが増えましたね! 私が始めた時は男の子とばかり滑っていたんですけれど、今は女の子のスケーターも多いので、見ていて羨ましいです。
女の子同士だとファッションの話も盛り上がるじゃないですか? 一緒に練習する女の子同士でシール交換をしたり、休憩中に楽しんでいるのかな?と思うと、私も混ざりたいと思ってしまいます(笑)
学校、塾、練習...帰宅は2時を過ぎる日も
小中高と、本当に忙しい日々でした。学校の後に塾へ行き、そこから練習。地元の和歌山には本格的に練習できるパークがなかったので、神戸と三重、東京に金土日と通っていました。
帰宅が夜中の2時、3時になる日もあり、次の日はまた学校。私自身も寝る時間がない中でしたが、車で送迎してくれていた母の方がすごいなって。自分が車を運転するようになった今、改めて母のありがたみを感じます。
家に帰らず、学校の近くのサービスエリアで泊まったり、海外から帰国して、お昼頃に日本に着いたら空港からそのまま学校へ行ったりもしていました。何も言わず、ずっとそばに寄り添い、献身的にサポートしてくれた母には、感謝しかありません。
「日本一になる覚悟があるなら応援する」
中学に入学する前ぐらいだったと思います。部活も決めなければいけない時期に差し掛かり、私は部活よりもスケートボードがやりたいと家族に話しました。
両親にとってスケートボードは、遊びや趣味の範疇で、ヤンチャなイメージもあったようです。でも、初めてさくらが自分から「やりたい」と強く言っていることもあり、その真剣さを見極めるかのように、「毎日、膨大な練習メニューをこなせるのであれば考える」と言ってくれました。
最初はきつかった練習も、毎日繰り返すうちに慣れ、難なくこなせるようになった私を見て、両親も認めてくれたようでした。母からは「日本一になるくらいの覚悟があるなら応援する」と言われ、私も「プロになって世界を目指す」と決意。その時、家族全員が「応援するよ」と私の背中を押してくれました。
ただ、お金の面も大変だったと思います。当時は何も言われませんでしたが、スポンサーについていただく前から県外へ頻繁に練習に通っていましたし、家のお金がなくなるぐらいの覚悟もあったのだと思います。
母とふたりだけではもちろん続けられません。父が仕事をしながら家を守り、兄の貯金もすべて使ったとも後から聞きました。そのくらいの覚悟で、家族は私の夢に向き合ってくれていて。家族の協力があってこそ、成し得られた結果だと思います。
世界の頂点に立つことは家族の夢だった
振り返ってみると、スケートボードで世界の頂点に立つことは、私自身の夢だけでなく、家族全員の夢になっていたのかもしれません。オリンピックが近づくにつれて、家族は「普段通りにできれば金メダルが獲れる」と信じてくれていて、「これ以上できないくらい練習したからいけるよ」とよく言ってくれていました。
今でもそうなんですけれど、私の家族は何でも全員でシェアするんです。いいことも悪いことも、どんなことでも。誰よりも家族が私のことを知っていてくれることが、私にとっては救いでした。
競技そのものを苦しいと思ったことはないんですけれど、東京オリンピックが終わってから、そしてパリオリンピックが終わってからの方が、プレッシャーもあり、苦しい時期があったように思います。
一人で頑張り続けたわけではなく、家族や周りの方に支えてもらい、一緒に頑張ってくれたからこそ、辛い時も乗り越えてこられました。同じ気持ちでいてくれるみんなと、一緒に苦しみ、一緒に喜んできたから、今の私がいるのだと思います。
笑顔の秘訣は...
「いつも笑顔だね!」とか、「どうしたらそんなふうにフレンドリーにできるの?」と言ってもらえますが、自分ではあまり意識していないんです。強いて言えば、昔から母や祖母に「笑ってる方が可愛いよ!」と言われてきたことでしょうか(笑)。
あとは、周りに明るくて気さくな人が多く、私も自然とそうなったのだと思います。とはいえ、技ができなくてイライラする時もあるんですけれど、「そういう時こそ楽しんだ方がいいよ」と言われてからは、周りにいる誰かが変顔してくれるようになりました。
ペットに癒してもらうのも、笑顔の秘訣かもしれません。金メダルのお祝いにリスザルを飼い始めたのですが、ちょっと怖い子(笑)。(一緒に飼っている)トイプードルもすごく可愛くて、一緒に寝て癒してもらっています。
公式インスタグラム
小学6年生のときからスケートボードを始め、2016年の『全日本レディース』で優勝。その後、活動の場を海外へ。2017年『Vans Park Series Asian Championship』3位入賞。2018年『Vans Park Series Pro Tour(ブラジル戦)』でメジャーツアー初優勝を果たし、『X Games Minneapolis』でも3位に入賞。南京で初開催された『Park Skateboarding World Championship』では初代世界王者に輝き、一躍その名を世界に轟かせた。2019年『Vans Women’s Pro Tour World Championships』優勝。多くの国民が見守った2021年の『Tokyo 2020 Olympic Games』では、圧倒的な滑りで金メダルを獲得。初代女王の栄光を手にした。毎日5時間の練習を日課とする努力家であり、その視線はすでに2028年の大舞台での活躍を鋭く見据えている。
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取材・文/竹永久美子 構成/松矢花奈
























