世界を舞台に活躍するスノーボード・女子ハーフパイプのトップライダー、小野光希さん。ミラノ五輪での銅メダル獲得など、めざましい競技の実績はもちろんですが、早稲田大学に進学し、学業とスノーボードを高いレベルで両立させた「文武両道」の姿も注目を集めています。
自分の力で道を切り拓いていく確かな強さと、いつも前を向く素敵な笑顔は、いったいどのように育まれたのでしょうか。その原点には、子どもの自主性を大切にする温かなご両親の姿も見えてきます。子どもの「好き」という気持ちに寄り添い、自分で伸びていく力を育むヒントを探るべく、競技に向き合ってきた想いや、ご家族とのエピソードをお聞きしました。
3歳でハーフパイプに魅せられて
スノーボードとの出会いは幼少期。小さな頃から両親に連れられて新潟のスキー場に連れて行ってもらっていました。バンクーバーオリンピックの女子ハーフパイプをテレビで観たときに衝撃を受け、「私もこれをやりたい!」母にそう伝えたことから、今の競技人生がスタートしたのかもしれません。それからは、シーズンには毎週末、群馬や新潟に連れて行ってもらい、オフシーズンには川崎の練習場へ。朝から晩まで練習する日々を送りました。送迎やお弁当作りなどで、親には負担をかけたと思います。2歳上に姉がいて、一緒に練習をしていたので、少し大きくなってからは姉と電車で川崎に通うことも多くなっていきました。負けず嫌いな性格もあり、姉を追い越したい気持ちで頑張っていましたが、のめり込むうちに、プロの道へ…。北京五輪が決まったときの両親の言葉は「まさか!オリンピックに出られるとは」でした。
干渉しすぎず見守ってくれる両親に感謝
私自身、『やりたいことしかやりたくない、興味があることだけやる』と、かなりはっきりした性格でもあって(笑)。もしかしたら、「こうしなさい、ああしなさい」と言われたり、何か強制されていたら、嫌になってしまっていたかもしれません。両親は、サポートはたくさんしてくれましたが、練習がうまくいかなくても、何か言われるようなことはなかったですね。子どもに干渉しすぎず、でもそばで見守ってくれていたように感じます。私は親にあまり頻繁に連絡をしないタイプなので、寂しく思わせてしまっているかもしれないですけれども(笑)。
競技を続けながら、早稲田大学に進学したことも、自分のビジョンがあったから。特に誰かに相談することなどはなく、進学先を決めました。心が踊らないことをやっても結果に繋がらないと思うので、自分の好奇心を刺激することと出会えたことは幸せですね。自分で決めた好きなことだからこそ、たとえ苦しく大変なことがあったとしても続けていけるんだと思います。もし私自身が親になったときも、子どもには好きなことをさせてあげたいですね。
「なんで競技をやっているんだっけ」北京五輪の悔しい思いを糧に
思うような結果を得られなかった北京五輪。いつもであれば、たくさんご飯を食べてよく寝たら気持ちを切り替えられるタイプのはずなのですが、あまりにショックで…。落ち込みましたね、今までにないくらい。頭の中では、仕方がないと納得できるのですが、心が追いつかず「私、なんで競技をやっているんだっけ…」とまで思うようになってしまいました。切り替えられたのは、大学に進学したくらいの時期。新たなステージで学び進めたこと、自分自身と改めて向き合ったことで、だんだんと気持ちが上向きに。4年後のミラノ・コルティナオリンピックで結果を出すことができたのは、悔しかった思いも含めて、それまでの経験が生かされたおかげではないかと思います。
次世代に向けて…私ができること
私が中学1年生の時、あるテレビ番組で「夢はオリンピックに出ること」と話した私に対して、「出るだけでいいの?勝つことも目標ではないの?」と問いかけてくれた竹内智香さん(スノーボードアルペン選手)。プロとして向き合ってくださったからこその言葉が、私の競技人生にすごく大きな影響を与えてくれました。今回、STORYのYouTubeで、ハーフパイプを頑張っている子どもたちと話す機会に恵まれましたが、竹内さんと話したことを思い出し「もうそんなに年月が経ったのだな」と驚きました。かつて、私が先輩方から素敵な影響を与えてもらえたように、私自身も次世代の子どもたちに何か還元ができたらいいなと思っています。
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取材・文/竹永久美子















