戦後80年を迎えた昨年、8月にNHKにて放送された「八月の声を運ぶ男」は、
放送批評懇談会による2025年8月度ギャラクシー賞月刊賞、第34回橋田賞、
そして監督を手掛けた柴田岳志氏が第76回芸術選奨放送部門文部科学大臣賞を
受賞するなど、大きな話題となりました。
そして、1年後の今年の8月、被爆者の声を集め続けたジャーナリスト・伊藤明彦氏の実話に
基づく物語は、未公開シーンを加えて映画化されることが決定。
そして、その主演を務めたのが、本木雅弘さん。
御年60歳を迎えた本木さんは、「STORY」世代が憧れ仰ぎ見た“モックン”そのままに、
変わらぬキリリとしたルックスだけど、果たして年齢を重ねたその内面は
どのように変化したのか――?
60歳を迎えた今の、“本木流仕事術”をお聞きしてみました!
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知られざる偉業を成し遂げた歴史上の人物から渡された、大切なバトン
皆さんは、戦後の高度経済成長期、日本全国を渡り歩いて被爆者の声を集め続けた
ジャーナリスト・伊藤明彦さんの名を聞いたことはありますか――?
僕自身、実はこの作品に出会うまで、その存在すら知ることはありませんでした。
務めていた放送局を退職し、周囲からも理解されず孤独な中で、
自費を削り8年という歳月をかけて被爆者1,038人の声を集め続けた人――。
高度経済成長で一気に時代が進む中、時代に逆行し皆が見たくない傷口をえぐり、
それを忘れてはならぬと掘り下げる、別次元の時間を生きた人生――。
そんな伊藤さんをモデルとした役柄を演じることとなり、自分としては
伊藤明彦さんの存在を知れたこと自体が、インパクトのある出来事でした。
そして、その偉業と生き様に深く感じ入り、憧れさえも抱くこととなりました。
伊藤さんが費やした膨大な時間と労力の全てを、この短いドラマの中で伝えることはできないのですが、
「被爆者体験」という歴史的真実が、民話のように次の時代へと語り継がれていく――、
そんな伊藤さんが静かに思い描いていた野望の一端を自分も担うこととなり、
そのバトンの重さを実感していました。
それで、撮影自体は昨年の春だったのですが、2月の末ぐらいに長崎を訪れ、
平和祈念館を中心に、爆心地や現存している楠、城山小学校などを巡り、
惨状を想像するところから伊藤さんを辿る旅が始まりました。
当時伊藤さんが住んでいたのは、長崎市内の中でも特に被害の大きかった長崎病院近くで、
その後の一時期、お母さまと住んでいらした家が、まだ今も残っていました。
そして、玄関の前の小さな敷石を一つ拾い、持ち帰ることにしました。
それだけでは足りずに、山口に残っている伊藤さんのお墓にも一人で訪ねたんです。
そこでも、お墓の脇に落ちていた枯れ木を持ち帰り、撮影期間中、ホテルのコップに
その枝を挿して、毎朝、手を合わせてから撮影に出かけていました。
自分がそんなことをするのも、追悼と共に何かすがるものが欲しいからです。
実際にお会いできれば演じる上で必要な何かが受け取れるかもしれませんが、
勿論それは叶いません。
でも、亡くなられたのが2009年だということは、
もしかしたら、伊藤さんの72年の人生のどこかですれ違っていたかもしれないし、
同時代を生きた時間もあると思えば、息遣いは近く感じられる。
それでも、より伊藤さんの思いと気配が残る場所を訪れ、
どこかで繋がって“お守り”にしたいという気持ちでした。
阿部さんは、初対面の31年前から“ただもの”じゃなかった!
そして今回、阿部サダヲさんとは「トキワ荘の青春」以来、30年ぶりの共演となりました。
正確に言うと、’95年に僕が結婚した次の日から撮影に入ったので、31年ぶりでしょうか。
昭和の時代に、漫画家を志す若者たちがボロアパートで集い密やかながら楽しく過ごすという
その物語で、阿部さんは後の藤子・F・不二雄の役を演じ、僕は住人の兄貴的存在の
寺田ヒロオという役を演じていました。
いやあ、その頃から阿部さんは、“ただもの”じゃない印象でしたね。
僕が阿部さんのことを凄いな、と思う一つはセリフ覚えです。
自分は、とにかく声に出して読む、それでは不安で書いてみる、そんなふうにセリフを
体に入れていくんです。
もう、年々セリフ覚えが悪くなる一方ですが(笑)。
人によっては、歩きながら、日常の雑事をしながらと、セリフを口に出してみて
自分のものとしていく人が多いんですね。
ところが、阿部さんは「僕はひたすら黙読ですね」と言うんです。
もちろん、自分も黙読はしますが、やっぱり声に出してみて初めてわかることがあるんです。
それで、「このセリフ、口が回りヅライな」とか「どんな抑揚がいいだろう」、
「いや抑揚を抜いて平坦にしようか……」などと歌うような感じで訓練するんですね。
だから、音として吐き出すことなく本番に向かうなんて、普通は難しい。
でも、阿部さんは、声に出してみることをほぼしないらしいんです。
思い返してみると、出番の合間でスタジオの隅にいる阿部さんがふと目に入った時も、
確かに、台本を見返さず口元が動く様子もなく黙って座っているんですよね。
自分なんて、合間が出来ようものなら、頭の中からセリフがこぼれ落ちないようにと、
ブツブツ呪文のように、セリフを唱えているのに……(笑)。
阿部さんにとっては、黙読のみのぶっつけで本番を二、三度して、それで十分なんです。
もう、その時点で怪物ですよね。
そんなふうに鮮度ある状態でお芝居をするから、あの爆発力に繋がるんじゃないか、
久しぶりにご一緒して、そう思いました。
そして、芝居中にチューニングしながら、完成形にしていく――。
いや、もしかしたら敢えて完成形にしないのかもしれません。
「次はどう来るんだろう……?」と、共演者にも興味を抱かせる阿部さん流の戦略です。
今回阿部さんは、ジャーナリストを演じた僕に取材される被爆者の役柄で、
取材する側の自分は、常に受け身。そんな中、阿部さんの投げ出す球を受け止め、
反応していくお芝居合戦が、想定外の流れに動くのが、
今回の作品の大きなみどころでもあります。
しかしながら、30年ぶりに共演した阿部さんは、やっぱり不思議な怪物でした。
60歳の今、変わらないこと、変わったこと――
自分はというと、仕事に対してつい毎回高い理想を掲げつつも、現実はことごとくそこに届かずにもがく……。
もう、それは昔からのパターンです。
「いい作品にしたい」という思いから、現場でも、監督やスタッフに自分が不安に感じていることを
細部まで伝えてしまうんですね。
「ここはこうすれば」というシンプルな相談ごとや提案も、
思いのあまりに前言のエクスキューズの方が長過ぎて……(笑)。
それはもう、本当に自分の悪いクセで、どうやら昔と変わっていません。
とはいえ、60歳という年齢を迎え、わずかずつではありますが、
現場の空気に委ねてみたり、「わからないことはわからないまま演じるのもアリなんだ」と
感じたり、「この部分は誰かに託そう」と思えるようになってきました。
そう、「他者に委ねる」ということを、60歳にして初めて意識しています。
自分を主張してそこにいるということではなく、全体を静かに吸収していく――、
そんな形でいられるようになりました。
60年という月日は決して無駄ではなくて、その経験値が教えてくれることもあるんですね。
今回、本木さんが出演したのは……
『八月の声を運ぶ男』
出演:本木雅弘 石橋静香 伊藤蒼 尾野真千子 田中哲司 阿部サダヲ
監督:柴田岳志
制作・配給:WOWWOW
高度経済成長期を遂げた1972年の日本。日本人の誰もが豊かさを追い求めるその時代の流れに逆らうように、長崎の放送局出身のジャーナリスト・辻原保は被爆者の声を集め出す。しかし、当時はまだ原爆の記憶はあまりにも生々しく、その悲惨な体験を語ろうとするものは少なかった。誰にも理解されず孤独で過酷な作業を続ける中、辻原は一人の被爆者・九野和平と運命的な出会いを果たす。辻原は、彼が語る「声」に感銘を受けるが、その声は多くの謎にも満ちていた……。8月21日(金)より全国のTOHOシネマズにて公開(一部劇場を除く)
撮影/田頭拓人 取材・構成/河合由樹













