ドラマ『JIN -仁-』の南方仁や『臨場』の倉石義男、『きのう何食べた?』の矢吹賢二など、様々な役柄を自分のものにしてきた内野聖陽さん。徹底した役作りで知られる名優が、シェイクスピアの四大悲劇の一つ『リア王』に挑みます。演じるのは、娘たちの愛情を言葉で量ったために、全てを失うことになる老王リア。役作りの一環として早々にひげを伸ばし始めたという内野さんに、作品や年齢との向き合い方などについて伺いました。
満を持しての挑戦!体力のあるうちにやっておきたかった『リア王』
――今回の『リア王』への挑戦は、WOWOW連続ドラマW『ゴールドサンセット』(2025年)で、市民劇団に所属する謎の老人役を演じたことがきっかけだそうですね。
孤独な一人の老人が一世一代の芝居をするという設定で、劇中劇で『リア王』をやったんです。物語のハイライト部分だけを演じて撮ったんですが、演劇出身の僕には一部分だけをやるというのが難しくて。「やっぱり最初から最後までやってみたい」「よし、いつかやったるで」という気持ちが湧いてきちゃったんですよね。そんな時に、東京芸術劇場のプロデューサーから「演出家の森(新太郎)さんと組んで、シェイクスピアの『テンペスト』をやりませんか」というお話をいただいて。
――魔法で嵐を巻き起こす『テンペスト』のプロスペロー役、確かに内野さんにとても似合いそうです。
今となると面白そうだったなと思います。でも、僕の頭には『リア王』があったので、そう話したら、プロデューサーと森さんが戯曲を読んでくださって、こっち(『リア王』)でいいじゃないかということになりまして。いざ蓋を開けてみたら大変で、「どうしよう!?『テンペスト』に戻ろうかな」と思ったこともあったんですが(笑)、もう後には引けませんからね。頑張ってます。
――文学座ご出身の内野さんが『リア王』という作品を初めて意識したのは、いつ頃なのでしょう?
蜷川(幸雄)さんが演出する、シェイクスピアの『ペリクリーズ』をやった時(2003年)ですかね。それを観てくださった、ある演劇プロデューサーに「内野くん、リアできるよ」と言われたんです。僕が「無理ですよ。まだそんな歳じゃないですし」と答えたら、「いや、『リア王』は本当にジジイになってからはできない。むちゃくちゃパワーが要る役だから、若い時にやっておいた方がいいよ」と言われまして。それで「今はまだ時期じゃないけど、体力のあるうちにやっておきたいな」とはずっと思っていました。
――では今回まさに満を持しての『リア王』なのですね。
どうでしょうかね。ただ、僕も少しずつ初老と言われる時期に来ていますし、自分なりに感じるリア王というものもあるので、そういうところをうまく膨らませられたらいいなと考えています。
――近年『リア王』の上演が相次いでいます。今年だけでも、大規模なプロダクションによる『リア王』が3作品上演されることについては、どうお感じですか?
いや、びっくりしました。まさかそんなことになるなんて。たぶん、それだけ『リア王』には、高齢化社会の日本が直面しているものが詰まっているんでしょうね。僕自身もこの戯曲を読んだ時、現代に通じるテーマをいろいろ感じました。たとえば、認知力の衰えの問題や、いちばん分かり合えているはずの親子が全然分かり合えていないこと、人は時代の変容についていけなくなった時どうなるのか……。高齢化とは別の問題ですけれども、美辞麗句がまかり通る王侯貴族たちの存在も現代性を持っていると思います。
「初老」を迎えた今、若い世代とのジェネレーションギャップに戸惑いもありますが、新しい感覚を学んでいます
――先ほど“初老”という言葉を口にされましたが、内野さんがご自身の年齢を感じるのはどんな時ですか?
それはもうたくさんありすぎて、どこからしゃべればいいかわかりませんよ(笑)。でも、そうだなあ……いちばんは、若者たちに接した時ですかね。「今の若者はこういう感じなんだ。やっぱり自分たちの世代とは育った環境が違うんだな」とか「いつの間にか自分はもう古い世代に入っているのかも」と思ったりします。ただ「まだまだ若い世代には負けないぞ」という気持ちはあるし、「若い人ってこうなの? すごいじゃん」という好奇心もある。まあ、恐怖心もちょっとありますが。
――恐怖心といいますと?
僕は若い頃、上の世代から“新人類”と呼ばれていた世代なんですが、実際に自分が上の世代になってみると、若者たちは確かにちょっと不可解な存在なんですよね。それで、自分とは全く違う世相の中で育ってきた人たちと、どういう共通言語があるんだろう? あったとしても、その言葉を体得した言語体験が全く違う相手に本当に伝わるんだろうか? というような怖さを感じることがあって。
――なるほど。
たとえば、この間「このキャラクターは、やせ我慢の男だよな」というような話をしていたら、若い人に「やせ我慢って何ですか?」と聞かれて、そうか「男のやせ我慢がカッコイイといわれた時代があったんだよ」と言っても、それがもう伝わらないんだなと感じました。もう時代が違うんだなと。でも僕は“誤解”が理解の最初というか、入口だと思っているので、今回も稽古場で出会う若い人たちにいろんなことを聞いてみたいですね。台本に出てくる言葉や行動に対して、こういうふうな感じ方、捉え方をするんだなという経験をたくさんしてみたいです。
――今回のキャストは総勢17名。迫力ある舞台になりそうですね。
僕はこのところ一人芝居とか二人芝居をやることが多かったので、キャストが大勢いる稽古場自体、久々です。初めて共演する方がほとんどですが、演劇畑の方が多いと聞いているので、非常に楽しみですね。森さんが稽古をつけているところを久しぶりに傍から見られるのも嬉しいです。僕も『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』の稽古で絞られた経験があるんですが、森さんは新人だろうが大先輩であろうが、納得がいかなければ何度も同じシーンの稽古を繰り返す“諦めない”演出家。セッションの中でいろんなものが生まれて、富士山を目指していたのに、いつの間にか、もっと高いエベレストの山頂にいたぞ、みたいなことになったら最高だなと思います。
『リア王 -KING LEAR-』
王位と領土を譲渡するため、3人の娘に父への愛情を示すよう命じた老王リアは、甘言を弄した長女と次女に領地を与え、誠実な最愛の末娘コーディリアを勘当する。しかし、権力を手にした長女と次女はリアを疎んじ、リアは荒野へ出奔する。一方、臣下のグロスター家では、嫡男エドガーが私生児エドマンドの謀略にはまり……。
作/ウィリアム・シェイクスピア 翻訳/松岡和子 演出/森新太郎 出演/内野聖陽 前田公輝 井之脇海 清水くるみ 川上友里 内田慈 大山真志 永島敬三 和田正人 杉本哲太 山路和弘 ほか
9月21日~10月4日/東京芸術劇場 プレイハウス 新潟、愛知、兵庫、岡山、福岡公演あり
https://kinglear.geigeki-classics.jp
取材・文/岡﨑 香 ヘア&メイク/佐藤裕子 スタイリスト/中川原寛 撮影/田中駿伍











