江戸庶民を熱狂させた中村座の熱気と興奮を現代に復活させるべく、十八世中村勘三郎さんが2000年に立ち上げた平成中村座が、4年ぶりに浅草に帰ってきます。浅草寺境内の特設劇場で、父の遺志を継ぐ中村勘九郎さんたちが奮闘します。勘九郎さん、その長男・中村勘太郎さん、次男・中村長三郎さんの3人による『連獅子』や、弟の中村七之助さんが揚巻を演じ、勘九郎さんが初役で助六をつとめる『助六曲輪初花桜』など、見どころ満載のプログラムです。平成中村座とご家族への思いを、勘九郎さんに伺いました。
――国内各地のみならず、海外公演でも熱い旋風を巻き起こしてきた平成中村座。4年ぶりの東京公演が、いよいよ10月に浅草寺境内で幕を開けます。
とても嬉しく思っています。資材価格の高騰もあって大変な中、仮設小屋を建てるところから始まるこの公演を打てるのも、たくさんの皆様のご協力があってこそ。一人でも多くのお客様に、江戸時代にタイムトリップできるような小屋で芝居を楽しんでいただきたい、江戸の文化を感じていただきたいと思ってやっていることなので、本当にありがたいです。父が遺してくれた財産の一つでもありますし、やはり僕らも平成中村座で芝居をすると楽しいんです。お客様がワクワクするような芝居を、役者陣もワクワクしながらつとめたいと思います。
――7月末に開かれた平成中村座の記者発表会には、すっかり大きくなった勘太郎さんと長三郎さんもご出席。しっかりと受け答えをなさっている姿に頼もしさを感じました。
ありがとうございます。彼らにとっては、ああいう会見自体がすごく久しぶりだったから、緊張していたみたいです。でもまあ本当に、あっという間に大きくなっちゃいましたね。4年前に平成中村座に出た時は、ふたりともまだ小学生。宮藤(官九郎)さんの新作『唐茄子屋 不思議国之若旦那』(とうなすや ふしぎのくにのわかだんな)を稽古からとても楽しそうにやっていたのに、いまや勘太郎は高校生、長三郎は中学生ですから。よく“よその子の成長は早い”なんていいますけど、自分の子でもそう感じますよ(笑)。
――今回は3人で初めて『連獅子(れんじし)』をつとめます。
3人で『連獅子』をやるのも、もちろん初めてなんですが、平成中村座で『連獅子』をやること自体、今回が初めてなんです。客席との距離も近いあの狭い空間で3人が毛を振って……というか、まず振れるのか?っていうね(笑)。そこも含めて楽しみです。
父からの教えを子どもたちにも伝えていきたい
――『連獅子』は中村屋にとって大事な演目。勘九郎さんは、2021年に勘太郎さん、24年に長三郎さんとの『連獅子』で親獅子の精をつとめていらっしゃいますが、ご自身が仔獅子として、父・勘三郎さんと初めて『連獅子』をなさった時のことは覚えていらっしゃいますか?
それはまた、だいぶ昔のことですね(1992年)。まだ小学生でしたし、それ以降何度も『連獅子』をやっているから、今はちょっと思い出せませんけれども、僕は最初、天才少年だったそうなので、圧巻の出来だったらしいです(笑)。もちろん踊りについては、そこから徐々に成長していったというのはありますけど、なにせ天才でしたから(笑)。
そんな冗談はさて置き、『連獅子』はたぶん僕の中でいちばん多くやっている演目なんです。この作品を通して、父から踊りの基礎や精神、目上の人と踊る時にはどうしたらいいかといった礼儀も教わったので、それは子どもたちにも伝えていきたいですね。僕は今回ついに勘太郎に背を抜かれたので、これでまた父の気持ちがちょっとわかるんじゃないかなと思っています。
――勘三郎さんは勘九郎さんに身長を越された時、何かおっしゃっていましたか?
身長のことは言ってなかったですね。ただ、やっぱり『連獅子』は幼い頃からやっていますから。僕のほうは、いつの間にか前にいる親獅子より目線が上になっていると気付いた時、「あ、背だけは父を越したんだな」と思いました。
子育ては“のびのびと”が、うちの方針
――父が師でもあり、共演者にもなる伝統芸能の世界ならではのエピソードですね。勘九郎さんのご家庭での子育て方針を教えていただけますか。
それぞれの自主性は大事にするようにしています。歌舞伎には“型”という決まった形があって、それを覚えたうえで、そこに生命というか、心を入れる作業をするんですけれども、やっぱり“自分がどう感じるか”も大切だと思っているので。小さい頃から「これをやらなければいけない」「こうしなければいけない」とうるさく言って縛ってしまうと、変な言い方になっちゃいますが、えっ本当に子どもなの?と思うような、“気持ち悪い子ども”になってしまう気がしていて。
――大人の顔色ばかり窺って先回りするような子どもでしょうか。
そうです、そうです。絶対そうはなって欲しくないので、“のびのびと”というのが、うちの方針です。もちろん、たとえば稽古中にふざけたり、小道具で遊んだりした時は厳しく叱りますけれども、長い一生、子どもの頃から芝居を変に小さく固めたり、真似させたりしても仕方ないと思うんです。まずは小手先のことよりも、歌舞伎の魅力、演劇の面白さを感じて欲しい。子どもたちには、そういったことを柔らかく言って伝えています。僕たちが子どもの頃は、「そんな気持ち悪いことするんじゃない!」だけで片付けられてきてしまったんだけれども、子どもだってちゃんと話せばわかりますからね。
――そういえば、勘九郎さんと七之助さんは、勘三郎さんと話される時はいつも敬語だったと記憶しています。
家でも敬語でしたね。というのも、当時は1日にいくつもの演目に出て、夜9時頃まで歌舞伎座にいるのが当たり前。父はそこからご飯を食べに行って、飲みに行っちゃうから、家にいることがなかなかなかったんです。僕たちの印象としては“芝居をしている父”がいちばんにあったので、自然と家でも敬語になったんだと思います。
でも勘太郎と長三郎は、僕と普通にしゃべってますよ。父に比べたら、僕は圧倒的に家にいますから(笑)。といっても、地方公演がある時は1ヶ月丸々留守にするので、子どもたちの“初めての○○”には、ほとんど立ち会えなかったですけど。
――今回の平成中村座第一部では、ほかに中村橋之助さん、中村福之助さん、中村歌之助さんご兄弟による舞踊『初帆上成駒宝船(ほあげていおうたからぶね)』と、勘九郎さんが大星由良之助、七之助さんが初役で女方の大役・戸無瀬をつとめる『仮名手本忠臣蔵』の九段目「山科閑居(やましなかんきょ)」が上演されます。
『初帆上成駒宝船』は、橋之助さん、福之助さん、歌之助さんの襲名を記念して作られた、とても洒落た面白い舞踊です。今回は襲名披露以来の上演で、楽しみにしています。
九段目「山科閑居」をやろうと思ったのは、11月に歌舞伎座で『仮名手本忠臣蔵』を通し上演すると聞いたから。スタンダードな通し上演だと、時間の問題でだいたい九段目は省かれるんですが、素晴らしい作品で、平成中村座で『仮名手本忠臣蔵』を通し上演した際に(2008年)、うちの父も初役で戸無瀬をやっているんです。その時、父と七之助が一緒に僕の母方の祖父(七世中村芝翫)の家に習いに行ったら、祖父が九段目を全部口でやってみせてくれて、ふたりとも本当にびっくりしたそうです。また九段目が平成中村座でかかることが、とても嬉しいです。
https://e-nakamuraya.jp/
平成中村座 十月大歌舞伎
第一部(午前11時開演)
一、『初帆上成駒宝船(ほあげていおうたからぶね)』
二、『仮名手本忠臣蔵 九段目 山科閑居(かなでほんちゅうしんぐら くだんめ やましなかんきょ)』
三、『連獅子(れんじし)』
第二部(午後4時開演)
一、『御存 鈴ヶ森(ごぞんじ すずがもり)』
二、『助六曲輪初花桜(すけろくくるわのはつざくら)』
出演/中村勘九郎 中村七之助 中村橋之助 中村福之助 中村歌之助
中村勘太郎 中村長三郎 中村芝翫 中村扇雀 中村鴈治郎 片岡仁左衛門(23~25日第二部のみ)
2026年10月1日~25日/平成中村座(浅草浅草寺境内・仮設劇場)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/982/
取材・文/岡﨑 香 ヘアメイク/宮藤誠 中村優希子(Feliz Hair) スタイリスト/木村厚志 撮影/田中駿伍
衣装協力/ジャケット¥114,400 パンツ¥74,800 ともにワイズフォーメン(ヨウジヤマモト プレスルーム) シャツ¥44,000 ネクタイ¥22,000 ともにヨウジヤマモト プールオム(ヨウジヤマモト プレスルーム)
ヨウジヤマモト プレスルーム/電話03-5463-1500
















